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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
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「こんにちは」


 景色の様変わりに驚いてしまい、優しく響くその声に反応できた子供は僅かしかいなかった。


山神国さんじんこくから来た生徒たちだね?初めまして。僕は白群びゃくぐんといいます」


 落ち着いた雰囲気を持つその男の人はそう言うと、くるりと指先を動かして術式を描いた。

円とその中に簡単に書かれた術式独特の模様は、先程の転送の術式とは違いあっけなく消えていく。


「今の色が白群っていう色なんだよ」


「きれー……」


「ありがとう。さあ、入学式があるから行こうか」


 歩きながら子供達は厚手の上着を脱いだ。

ここは山神国と違い、暖かく、春の恩恵を存分に受けている。寒さに慣れている真白ましろ達にしてみれば少し暑いぐらいだった。


「ここだよ。実技館と言って雨が降ったりしたらここで運動をしたり実技をしたりするんだよ。これからよく使うから覚えておいてね」


 実技館は広く、前の方は段が高い造りになっている。そして、その手前には四列に並んだ子供達と、各列の先頭には一人ずつ大人が立っていた。


「じゃあ一列になってくれる?うん、そうそう。じゃあ先頭から数えていくから、自分は一から四、どの番号だったか覚えててね」


そう言うと白群は「一、二、三、四、一、二……」と子供達を数えていく。真白は三と言われた。


「よし、君が二で終わりっと。じゃああの列にそれぞれ並んでもらいたいんだけど、一番左側が一って言われた人、その右が二、次が三、一番右側が四って言われた人だよ。はい、行って」


誰かが駆け足で列に行ったのにつられて、次々に皆走っていく。真白も遅れないように三の列に駆け足で向かった。


先頭には真白の父と変わらない年齢ぐらいの厳しそうな男性が立っていて、それが組分けと担任だと聞いて「うわ、外れだ」と内心思ってしまった。他の担任はそこまで怖そうではなかったのだ。


「それでは入学式を始めます」


 女性が顔の前に術式を浮かべたまま話を始める。声を大きくする術を発動するものらしく、女性の声は響き渡っていた。


 話は術使校での過ごし方など、先程貰った冊子の内容と変わりなかった。校長の話しも短く、あっという間に入学式は終わり、それぞれの組へと向かう。

自分を入れて二十八名。男子が僅かに多かった。


『麻』と書かれた札がある教室に担任は真っ直ぐ入っていく。後に続いて入れば、席に適当に座るように促される。真白は列の後ろにいたので、教室に入ったのは最後の方だった。やはり人気の窓際の席は既に座られていたので、余っている中央の真ん中の席に座った。


「さて、自己紹介をしよう。私は鉄紺てつこんだ。よろしく」


 黒板に書かれた字を見て、青系統の色だと想像がついた。成程、確かにこの先生は厳しそうだが静かそうでもある。


「先生の色、見せてくれないんですか?」


言ったのは金色の髪をしたやんちゃそうな男の子だ。

真白はその子を見たあと、先生に視線を向けた。気づけば、他の生徒も自分と同じ様に色に興味があるのだろう、視線を鉄紺に注いでいる。


「そうだな」


鉄紺はそこで初めて表情を変える。それは優しく少し悲しそうだった。

そして円を描けば、そこには深い色が表れる。


「見た通りの色だ。紺色より深みが強くて光加減で色が少し変わっていく」


気の色はその人の本質を表しているという。どっしりとした色合いは鉄紺という人となりを表しているのだろうか。


「白群の気は見たか?あれも青の部類に入る」


全然違う色なのに系統が一緒というのは不思議だ。ということは性格も似たところがあるということか。雰囲気も違うのに……やっぱり不思議だ。


「さて、札を見た子は解ったと思うが、この組は『麻』だ。今から気の色を見てつける名は他の組の者と被ることもあるから、名乗るときは組の名も言うように」


 そう言うと鉄紺は本を取り出した。その背表紙には『色見本』と書かれている。


「色は多くて覚えきれないんだ。じゃあまず気の集め方から教えるから一緒にしてみよう。右でも左でもいいから人差し指を立てて、そこに熱を集めるような気持ちで……そう。目を閉じてもいい。指が温かくなってきたら集中できている証だ。そのまま指を滑らせて円を描く。できた子から私の所に来なさい。名をつけよう」


 最初に席を立ったのは真面目そうな男の子だった。皺がほとんどない洋服を来ているから、きっとどこかの身分のある子なのだろう。そういう子が他にも何人かいる。

男の子は服同様綺麗な手ですっと円を描いた。その色は燃えるような赤だ。


「猩々しょうじょうひだ。好戦的かつ猛者が多い。体力を鍛えれば成果が出やすいから怠るな。ついでに自己紹介しなさい。本名、国名は言うなよ。それに繋がることもだ」


「猩々緋です。趣味は読者だった、今日までは。今から身体を鍛えることにします。家族は両親と弟が一人。よろしく」


まばらに拍手が起きた。

まだ円を描ききることが出来ない生徒が多かったため、半分以上が話を聞いていなかったのだ。真白もまだ上手く描けず、それから四人か五人ぐらいの自己紹介は聞き逃していた。


(目を閉じて、熱が集まるように……)


段々と鉄紺の前に列ができていく。時々どよめきが聞こえるが、真白の耳には入らなかった。


 最後にだけはなりたくない。

自己紹介なんてしたくないし、気を発するだけで時間がかかる劣等生と思われたくない。


でも無情にも時間は過ぎていく。


「最初から上手くいくなんて思わなくていい。時間がかかるのは当たり前だ」


まだ自分を含め、何人かできていない子がいるからその子達を庇ったのだろう。でも、それが逆に真白を焦らせる。


「よし、一緒にもう一度しよう。決まった子も練習がてら一緒にするぞ。さっきできて今できないってこともあるから」


「目を閉じて。人差し指を出して思い出すんだ。何のためにここに来た?目的を思い出せ。精一杯勉強をして合格したんだろう?それは何のためだ?思い出せたら集中して。円を描いていくんだ」


 指先がほんのり温かくなる。

 真白は目を開けて、そっと円を描いてみた。


『家族の、そして自分のため』


そうして現れた色は灰色にも淡い紫にも見える様な色だった。



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