三
馬車に揺られて半日程して、真白は山神国の王都に辿り着いた。
見物をする間もなく馬車はそのまま城門を潜り、城の中へと連れていかれた。お城の中はとても静かで、時々綺麗な侍女とすれ違うだけだ。
「緊張してるのかな?大丈夫だよ。他にも綺羅に行く同い年の子がたくさんいるから安心して」
連れて行ってくれている兵士はそう言ったが、村の友達や知っている人で自分と同じ進路の人はいなかった。
初めて会う同じ年の人と仲良くなれるかどうか。真白の頭の中はそのことでいっぱいになり、余計に緊張してしまった。
出だしから怖じ気づきそうになった真白だが、時間は受験前に巻き戻しできるわけでもなく、やがて兵士はある扉の前で立ち止まった。
「ここだよ。さ、いってらっしゃい」
小さいながらも分厚い扉を開けてくれた兵士に小さい声でお礼を言いながら中に入ると、無数の目が一斉に真白に向いた。
こわい。
好意的とは言いがたい視線に真白は緊張のあまりその場に固まってしまった。無情にも扉が閉められる音が聞こえる。
完全に閉まり静寂が場を支配しても真白はその場を動けずにいた。
時間にしては一分も経ってはいないだろう。だが、明らかに苛ついた様に壮年の男が真白に声をかけた。
「名前を名乗―」
「真白です」
怖さから反射的に質問に被さるように答えると男は真白を睨み付け、手元の紙に印を付けた。
「座れ」
強い口調で言われ、真白は返事も忘れ、慌てて空いている椅子を探して走って座った。
「今から冊子を配る。綺羅の校則などが書いてある。十五分後に転移を行うからそれまで読んでろ」
手渡された冊子はちょうど子供の掌に収まるぐらいで、椅子に座った約三十名の子供達は行儀よくその冊子を読み始めた。
内容は入学式の時間配分と綺羅の校則、寮や学校の地図や過ごし方についてだ。
まず注意しないといけないのは本名を名乗っては行けないことだ。それは転移して綺羅に着いた瞬間から始まる。
術式を描く気の色で名前を決められるまでは名無しだ。
私の気は何色なんだろう。
真白はそれを知るのが少し楽しみだった。
紫系統だといいなぁ。
そんなことを思いながら、真白は自分の手を見つめた。
気の色は人により異なり、その人の本質とされる。
最も良い質の気は紫系統とされ、紫系統の気を持つ者はそれだけで高位術使になると有望視されていた。
そして術使の頂点に立つ者のみが『紫』という名を名乗ることが許される。
紫という名の冠を戴くことが術使最大の誉れであり、その大前提として気は紫系統でなければならなかった。他の色を追従させ、絶対的な差を持つ『紫』。
『紫』に自分がなってみせる!と野心は抱いていないが、紫系統の気だと仕事がたくさんあると聞いた。だからその系統であってほしい。