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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第二章:中央校編
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ニの十七


「桔梗だ、よろしく」


 変わらず伸ばされた黒い髪、その髪と同じ綺麗な黒の瞳、日に焼けていない男子というには綺麗な肌。

久しぶりに見た桔梗に鳩羽は嬉しさがこみあげる。


「久しぶり」

「うん、久しぶり」


もっと話したいことは色々あるのに、嬉しすぎて鳩羽はうまく言葉にできない。

それを察したのか桔梗が小さく笑って「後でな」と鳩羽の頭を軽く撫でて後ろの席に着いた。

 いつもなら少し殺伐とした空気も気にならない。

鳩羽は嬉しすぎてにやけるのを止められなかった。



「今日は各国の情勢の授業予定だったが、授業内容を変更しよう。今年の選抜試験合格者はこの桔梗一名だけだ。実力が知りたいだろ?」


濃縹が眼鏡をくいっとあげて皆を見渡す。

桔梗はとても強い。戦闘の仕方を参考にしたいと鳩羽は頷いた。もちろん首を横に振る者がいるはずもなく、皆で校庭に移動した。


「誰と戦わせようか」


濃縹は皆を見ながら考える。

実際に桔梗の闘いを見たことがなく、資料でしか実力を知らないけれど相当な実力者だということは分かっている。


 術使校から中央校への編入候補者は三人いたが、術使校での書類選考時点で一人脱落、選抜試験でもう一名も脱落。唯一合格したのが桔梗だ。

試験は教師三人から一日以内にどんな方法でもいいから指定物を奪い取るという内容だったが、桔梗は半日もかからず、しかも実力行使で奪い取ったという。

正直、誰と戦わせても桔梗がすぐ勝ちそうな気がする。教師である自分が戦った方が良さそうだと思うぐらいだ。


「誰が一番強いんですか?」

「純粋な強さなら鳩羽だが……」


驚愕に目を見開いている鳩羽に「自分で分からないのか?」と濃縹は思わず口にした。

まあ、いまいち一歩を踏み込めない鳩羽は実力を充分に発揮できてはいないから本人が気づかないのも無理はない。周りは皆気づいているのに。

そしてそれは術使校で一緒だった桔梗もわかっていることだったのだろう。桔梗は笑顔で胸元から紙を一枚取り出す。


「鳩羽、これなんだかわかるか?」

「ううん……」


恐る恐る鳩羽が返事をすると、桔梗はより笑みを深めて言った。


「これは紅樺からお前宛に預かった手紙だ」

「わぁ!ありがとう!」


鳩羽がとても嬉しそうに手紙に手を伸ばした。しかし、手紙は触れる直前へ再び桔梗の胸元へ隠された。


「戦って鳩羽が勝ったら渡す」

「……え?」

「負けたら燃やす、手を抜いても燃やす」

「うわ、いじめっこ」

土器が思わず言葉を挟む。

「そんな!!ちょうだいよ」

鳩羽の懇願に桔梗は首を横に振った。

「いやだ。お前、こうでもしないと実力出さないだろ?先生も苦笑いしてたし。あぁ、あとお前が負けたら術使校での紅樺の様子とかの話は一切しない」


さっきまで桔梗に会えて嬉しかった気持ちは今のでなくなってしまった。鳩羽は下唇を噛んだ。


「桔梗くん、それはいくらなんでも酷くない?」

「俺に勝てば手紙は渡すし、なんでも話すよ」


なんてことないように桔梗は言うが、鳩羽には大事なことだった。桔梗に段々苛立ってきて、鳩羽は「わかった」とだけ言った。それを聞いた桔梗はとてもいい笑顔で頷き、濃縹に視線を送る。


「ではどちらかが戦闘不能になるか、降参を宣言することで試合は終了することとする。始め!」


「…………」


「…………」


 試合開始の合図を言われても二人は動かなかった。

桔梗は鳩羽がどう動くか様子を見るつもりのようで、鳩羽はどう動くか迷っているようだった。

術使校にいた時に行った試合では確か桔梗は接近戦が得意だった。でも、桔梗のことだからそれが本当かは分からない。手の内を見せているようで見せていなかったのかもしれない。


「どうした?」


余裕の微笑みに鳩羽は焦った。この前の術にしようか。でも、ふと先生の表情が甦る。

ふるふると首を横に振って鳩羽は考えを打ち消した。

紅樺からの手紙は欲しい。でもあの術式はもう使いたくない。

 そこで鳩羽は使ったことのない術に挑戦することにした。


右手で水の術式、そして左手で同じ速度でより複雑な術式を描いていく。

誰にも見せたことのない術。描くのに時間がかかるため実用的ではないが、桔梗は幸い待ってくれそうだ。それならものは試しにとお披露目することにした。

右手の術式と左手の術式をつなぎ合わせ、左手に持つ。

薄い青色が形づいてくる。

丸いものが楕円になり、首らしきものを出し、耳らしきものを生やし、足を四本、尻尾を生えさせ、そして牙を出し。


「グォォォォォン!!」


「う…そ…………おお、かみ……?」


誰の呟いた声だったか。

それは宙に溶け込み、大きな咆哮が場を支配した。


「は……嘘だろ……」


ごっそりと気をもっていかれる。

ここからは短時間勝負だった。術式で出した狼はそう長くもたない。短期決戦でいかないと負けるのは自分だと、鳩羽は歯を食いしばっった。


「ポチ!咆哮!」

「ガァァア!!」


先程とは打って違い耳が痺れるような咆哮が響き渡る。思わず皆手で耳を塞ぐ、が桔梗は意図がわかったのか術式を描き出した。


土壁の防御魔法。


鳩羽の次の攻撃を考えてのもの。流石だと濃縹は感心した。

読みは当たっていたようで、鳩羽の動きが一瞬だけ止まった。しかし、すぐに狼へ指令を出す。出しながら、右手で小さく何かを描いているが、それがなんの術式かは濃縹には見えない。

その術式は土壁で壁を作っていた桔梗が鳩羽の姿が見えなくなったほんの数秒でできあがったようだ。


「ポチ、水弾威力大!」


声に合わせてポチと呼ばれた狼が大きな水の弾を連弾で出していく。桔梗の土壁の厚さを考えればこの水弾で壊すことができる。


予想通り壁にヒビが入り、大きな破壊音がして土壁が壊れる。

しかし、破壊された土壁の向こう側には誰もいなかった。


「くっ……!」


慌てて鳩羽は周りを見渡したが、桔梗はどこにもいない。瞬時に鳩羽は自分の負けを悟った。


「また、負けっちゃったか」

「ああ、俺の勝ちだ」


首の後ろに手を当てられ、鳩羽の視界は暗転した。



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