二の十四
静まり返った空気はその後変わることはなかった。時折ひそひそと話し声がする以外、皆静かに試合を見ている。
紅鶸は酸欠で意識が朦朧としていたものの特に問題はないと早々に見学に戻ってきた。
鳩羽の方をちらりと見たものの校長の側についていて、じっとしている。
土器達は見当たらなかったが、今の鳩羽に探す気力はなかった。大人しく一人座って試合を見ている。
怖くて負けないように試合に挑んだ。
前回の洞窟での試験で刺されたこと、その後にされたことを思い出すととても怖かったのだ。絶対あんな思いはもうしたくないと一所懸命考えて試合に臨んだ。
その結果、勝ったものの違う意味で参りそうだ。この学校では友達はできないのかなと鳩羽は悲しくなってきた。
きっと紅樺が編入してくるまで食事も一人、話し相手もいないのだろうと自分のこれからを想像して肩を落とす。
実際、試合が全て終わり、校長の閉会の話が終わり、夕食をとってお風呂に入り眠りにつくまで鳩羽は誰とも会話をしなかった。
次の日の朝、教室に入ると以前見たことのある光景が目に入る。
昨日試合に勝った土器は椅子に座り、負けた梅染は立っている。
赤も座り、もう一人の少年も座っている。
あともう一人少年がいたのだが姿が見当たらない。
きょろきょろとしていると土器が「枯野なら保健室で治療中だよ」とそっと教えてくれた。
枯野は薄い黄褐色で、控えめで大人しそうな男の子だ。気配を隠したり、身をひそめたりするのが得意であまり印象に残らない。
「俺と枯野だけか。負けたのは」
「そうだよ。にしても鳩羽ちゃんはすごかったね」
「あの技、暗殺術だろ?」
「えっと……うん…たしか」
「昨日お前ぼーっとしながら部屋に戻ったから聞けなくてさ、先生に聞きに行ったんだ」
赤が机に足を乗せながら「カッコいいよな」と呟いた。
「え?」
「暗殺術だぜ。一撃必殺の技だぜ。俺もそういう技欲しいなと思って即行図書室に本借りに行った。普段はあんまり人がいないのに多かったぞ」
「あぁ、だから昨日寮に人の気配が少なかったのね……て鳩羽ちゃんどうしたの?」
「え?」
「涙、出てるよ」
ぽろぽろと鳩羽は涙を流していた。
だってあまりにもいつも通りだったから。
昨日は心配でよく眠れなかった。
明日から誰とも会話せず、笑い合うこともなく、もしかしたら悪口を言われることまで鳩羽は想像していたのだ。でも、皆いつもどおり話してくれる。目を見てくれる。
よかったと心の底から思った。
「ねぇ、今日は先生にお願いして戦闘に於ける作戦の練り方を復習させてもらわない?」
「いいな、それ」
「私達、多分作戦きちんとしていたらもっとカッコ良い勝ち方できたと思うの」
「俺も考えが足りなかったから負けたしな」
その話をしていると、ちょうど戸が開かれた。濃縹が眼鏡を押し上げながら入ってくる。
今の話を聞いていたようだ。頷いてから、生徒を見渡す。
「じゃあ、そうするか」
「お願いします」
「そうだな、昨日の試合の見解を交えながら話そう」
そう言って淡々と各自の戦い方の長所、短所を言っていく。
自分のことはきっと悪く言われるだろうと鳩羽は身構えた。
机の下で握った拳に力を入れたり、抜いたりしてどうにか気を紛らわせる。
「鳩羽は……」
濃縹は鳩羽をなんの抑揚もない瞳で見る。思わず鳩羽も見返すが、濃縹の顔にも目にも感情は浮かんでいなかった。
続けて言われたのは予想とは少し違ったものだった。
「ちょっと優しすぎたな」
「……え?」
「情けをかけすぎだ」
濃縹はそのまま話を続ける。声には抑揚も感情もない。
「相手も人間だ。悲しい過去だってある。そんなのをいちいち気にしていたらあっという間に逆に殺されるぞ」
「でも……」
「そうだな。これが実践でお前が負ければ、もしくは死ねばお前の家族が紅鶸と同じ目に遭うと思え」
「え……」
「鳩羽だけじゃない。お前達皆そう思っとけ。自分になにかあれば家族も拷問され、殺される可能性があると」
「はい」
返事をする皆を見るとその表情は当に知っているといった顔つきだ。確かに前、鳩羽は鉄紺に同じことを言われていた。
「その代わり、任務をこなし続ければ。これでもかというくらい良い待遇を受けられる。それこそ術使にならなければ到底受けられなかっったであろう恩恵を。お前達は既に受け取っている筈だ」
頭がじんわりと熱くなった。
それは故郷にいる家族のこと。兄の白苑が高明な医者に診てもらえるようになったこと。
「お前の家族や故郷にいる大事な者の運命はもうお前次第ということを夢夢忘れるな」
家族は人質なのだ。