二の十三
一滴の水の発現。
その水の一滴はゆっくりと紅鶸の元へと真っ直ぐ進んでいった。
鳩羽の術式は失敗したと紅鶸は一瞬判断したが、術式に乱れがなかったのと鳩羽が次の攻撃に転じないのを瞬時に把握して、その一滴に何かあると感じ排除しようとした。
ただ、その数秒の判断の遅れが命取りだった。
水が突如膨らみ、紅鶸を飲み込めるような大きさになる。そして大きな口を開いたのだ。
「!!」
声を出す暇もなかった。
水の中に飲み込まれた紅鶸はもがく。
それは当然だ、呼吸ができないのだから。
そして、その水の中は絶え間なく揺れ動いていて、脱出しようと術式を描いても術式が安定しないため発動させるのは難しい。
破るには外からの助けか、この水を蒸発させるだけの高温が必要となる。
水の系統の術式を極めようと思ったら古の本から学ぶ機会のあるこの術式。だが、紅鶸は火の術式を得意とする、そして性格は一直線な赤系統、恐らく水の術式を積極的には学んでいない。しかも術使を退いてからだいぶ時が経っているようだから、もしかしたらこの術を知らないのではと鳩羽は考えて使った。
案の定知らなかったようで、紅鶸は術式を描こうとしたり水を殴ったりとしてどうにか脱出しようとしている。
「紅鶸先生、降参されるなら両手をあげてください。この水の球体は今の状況だと脱出は無理です。このままだと溺れるだけです!」
先日教わった声を大きくする術式を描いて、紅鶸に伝えるが紅鶸は首を横に振って鳩羽を睨んだ。
そのまま数分が過ぎ、流石に息が苦しくなり、力が入らなくなってきたのか紅鶸がゆっくりともがくのを止める。
でも鳩羽にはそれが演技かどうか分からない。このまま術を解除して大丈夫なのかどうか判断しかねた。術式の勉強だけではなくこういった時の人の反応も学んでおかねばならないと反省しながらじっと紅鶸の様子を見る。
やがてぴくりとも動かなくなった紅鶸を見て、鳩羽は術を解くことにした。先に、鞭撻雷を発動させ、水の球体を解除したと同時に紅鶸を捕まえるといった計算だ。
呼吸を整えて鳩羽は球体の術を解除した。
紅鶸は動かなかった。
そしてそのまま落下していく。
「あ!!」
そうだった。術を展開していたのは空中だった。
鳩羽は慌てて鞭撻雷を投げるが落下の速度の方が速い。
追いかけても間に合わない。
焦った鳩羽の横を黒い何かがすり抜けていった。
「校長!」
校長は目にも留まらない速さで落下する紅鶸に追いつくと彼女を横抱きにして地面にどんっと着地した。
衝撃で土埃が舞う。視界が悪くなるが、鳩羽は慎重に下に降り立った。
土埃が収まるとそこは地面に横たえられらた紅鶸とその側に立っている校長がいた。
「勝者、鳩羽!」
しん、と静まり返ったなかその声だけがとても響いた。