二の十二
「駄目だよ」
鳩羽の大声とは対象的に静かに、でも通る声が聞こえて紅鶸と鳩羽は声のした方へと視線を向けた。
「校長!」
紅鶸が慌てて術を消して、木の上で跪く。
「紅鶸。止めなくてよかったんだよ」
校長は軽やかに飛んで二人の間に立った。
「今回は降参は認めない」
「で、でも……」
降参していた人はいた。なのに、それができないなんてと、信じられないように鳩羽は校長を見た。
校長はそんな鳩羽に優しく微笑む。
「そもそも今回の戦いは君の実力を見たかったからっていうのが大きいんだよ。それなのに簡単に降参されちゃあね」
そう言うと校長は空いた手で術式を展開した。
パリンと紅鶸の身体から何かが割れる音がした。
「紅鶸の術式を止めっちゃったからね。君の精神誘導の術式も破壊したよ。これでおあいこだ」
さあ続けて、と校長は木から飛び降りた。
「君達の戦いは術式で皆に見えるようにしているから思う存分戦っていいよ」
そんな一言を残して。
「さてと」
「紅鶸先生……」
「仕切り直しね」
紅鶸は闘志を燃やした瞳で鳩羽を見据えた。
先程までのやけっぱち感はない。校長と鳩羽が話したほんのわずかな時間で自己精神を立ち直らせたのだろう。なんて強い。
「鳩羽の術式の精巧さには脱帽だわ。本当こんな逸材を見たのなんていつぶりかしら」
「そんなこと……」
「そういう謙遜は腹立つからしなくていいわ」
そう言われて鳩羽はぐっと押し黙った。もう逃れる術はないとわかって、どうしようかと考える。
どちらかが身動きできなくなるまでこの戦いは続く。前味わったみたいに痛い思いはしたくない。
洞窟の時を思い出して鳩羽は身震いした。
怖い怖い怖い。
でも、やらなきゃどうしようもない。
家族を思い出して鳩羽は一瞬目を閉じた。
「……分かりました、では宜しくお願いします」
「いい目をするじゃない。じゃあ行くわよ!」
第二回戦が始まった。
鳩羽は左手で防御となる術式を、右手には攻撃の術式を描いていく。紅鶸が火の術式を好むため、鳩羽は水の術式を描く。
同時に描くのはまだ不慣れなため、浅縹に教わったなかで割と簡単に描ける術式だ。
それでも一つの術式しか描けないよりは安心感がある。
先程とは違い、急所を的確に狙って紅鶸が火の矢を放ってくる。狩りに使う通常の弓矢とは違い全てが真っ赤に燃えていて威力も高く速度も段違いに速い。
その矢を盾の術式を発動させながら防ぐと相殺となり盾も矢も砕けて消えた。
その光景を見た瞬間に再度盾の術式を描き、今度は鳩羽が描いていた水の術式を発動させる。
ぽわん
それは小さな小さな一滴の水だった。
「なにそれ?」
馬鹿にしてるのかと怒った表情の紅鶸だが、それを地上から見ていたその術式を知る水の術使は息を飲んだ。
「あんな術まで使えるなんて……浅縹、あんたどんだけ教え込んだのよ」
「いえ、私はこの術を教えてはいません。こんな上級の術一体どこで……あ……」
「どうしたの?」
「もしかしたら術式の本を何冊か図書館から借りていたのでその中に載っていたのかもしれません」
「でも、それだけで使えないでしょ、この暗殺術」
「それはどうでしょう。言式を二個も持っていますし」
「そうだね。これはとんでもない逸材だ」
「校長」
校長はにこりと笑って映像を見上げた。
「後は完成度だけだね。この術式の威力はさて、どうだろう。濃縹分かるかい?」
「術式は見たところ完璧です。曲線、太さ、色の濃度に問題はありません。術式を描いて発動まで約四十秒ありましたが威力は維持できているかと思います」
「そうか。じゃあ治癒が必要になるね。気配を消して上に行っておくよ。ここのことは頼んだよ」
校長はそう言うとふわりと飛び上がり、木々を移動してあっという間に見えなくなっていった。