二の七
翌朝、まだ日も昇らないうちに鳩羽はじんわりとした熱を腕に感じ、暑くて目が覚めた。
慌てて着替えて、部屋の扉を開ける。外はまだ暗くて、そして意外に寒かった。急いでもう一枚服を重ねて再び部屋から出ると「おはよう、鳩羽ちゃん」と横から声がかけられた。
「うわっ」
思わず飛び退くと、そこには土器が動きやすい服を身に纏って立っていた。
「迎えに来たよ」
「あ……ありがとう」
先程まで気配すら感じなかったのに、と戸惑いながら鳩羽は一歩退いた。
それに気づいているのかいないのか、土器は微笑んで歩き出した。
「連絡術式が発動されたら集合しなきゃいけないんだけど、集合場所は運動場なんだ」
運動場に出ると、既に皆並んでおり、鳩羽達が後ろに並ぶのを確認すると校長が皆を見渡した。
「今から職員生徒混合の試合を始める」
「試合?」
驚いたのは鳩羽だけではなかったらしい。
戸惑いの声が生徒達から漏れ出したが、校長の腕の一振りで静まりかえった。
「能力に見合った者同士が対戦するよう組み合わせは考えてある。場所は運動場のみ。全面使って構わない。試合は二組ずつ行う。違う対戦相手を攻撃するのは駄目。殺すのも駄目」
淡々と説明が続き、対戦相手が読み上げられた。
「第八組、鳩羽と紅鶸」
名前を呼ばれた鳩羽は前へ出た。その隣に自分と変わらない背の少女が立ったが、少女にしては余裕を感じる立ち振る舞いに鳩羽は思わず「先生……なんですか」と小声で尋ねた。
「そう。よろしくね」
屈託無い笑顔と共に紅鶸の茶髪の三つ編みがゆらゆら揺れている。
笑っているのに獰猛な瞳を自分に向けている紅鶸が怖くなり、鳩羽は目を逸らした。
身体がどくどくと脈打つ。
紅鶸に視線を戻すと「ん?」と人好きするような笑みを返された。
「いえ……」
怖さで泣きそうになるのを堪えて、鳩羽は一所懸命に深呼吸を繰り返した。
試合順がまわってくるまでは好きな所で見学していいと解散を言い渡されて、鳩羽は土器の所へ向かった。
木に寄りかかって座っていた土器は鳩羽に気づくと、少し座り位置をずらしてくれる。鳩羽は礼を言いながら、土器があけてくれた場所に座った。
「なんか緊張しちゃうね」
「うん……こわい」
小さな声で素直に感情を吐露する鳩羽に土器は包み込むように微笑みかけた。
「鳩羽ちゃん、紅鶸先生とだね。あの先生は赤系統の先生で火の術が得意だよ。あと、戦いになると人が変わったように凶暴になるって噂だから気をつけて」
「ありがとう」
「私の相手は上級生なんだよ。あの巨乳の先輩」
土器が指差した斜め向かいの地べたに、確かにたわわな胸をした人が座っている。
「あの先輩は身体を使った諜報や接近戦が得意だから間合いに入らなきゃ大丈夫なんだけど。やだなー」
土器は緊張すると言っていたが、そんな様子は微塵も感じられない。
「土器ちゃんは、何でそんなに平然としていられるの?」
思い切って聞いてみると、土器は視線を鳩羽に戻した。
「だって、悩んだってなるようにしかならないもん。それなら気楽にしてた方が自分の力が発揮できるかもしれないじゃない」
「そっか」
「うん。だから鳩羽ちゃんも気楽にしなよ。ほら、試合始まるよ」
運動場には二組の対峙者がいる。生徒同士と教師同士。
「あんたとの決着、今日こそつけてやる」
「ふん、勝つのは俺だ」
教師同士は楽しそうにお互いを挑発して、背中を向けた。
生徒同士はお辞儀をして、試合開始の合図を待っている。
「じゃあ、皆がんばって。では、試合開始!」
校長が宣言した途端、土煙が舞いあがった。