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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第二章:中央校編
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二の五

 浅縹は表情があまり動かない。それは自他共に認めることだった。しかし、今はそれは嘘だろうと言うくらい、表情に驚愕がありありと表れている。


「な、な……」


なんで、と言おうとした言葉がすんなりと出てこない。


「草が動くのが見えたんです」


それは浅縹にもわかっていた自分の失敗だった。


「いつから近くにいたの?」


その問いの意味がわからず、鳩羽は首をこてんと傾げた。


「草が動いた時、何処にいたの?」


言い方を変えると、鳩羽は離れた高い木を指し示した。


浅縹が草を揺らしてから移動を決心して動くまでに五秒もかかっていない。

その間にここまで来たのか。


「……私が」


浅縹はぽつりと呟いた。


「私があの木からここまで来ようとすれば、十五秒はかかるわ」


もう嫉妬すらしない。感嘆の溜め息を吐いた。


「あの……試験は……」


その言葉に浅縹は苦笑いした。


彼女は自分の価値を分かっていない。


「合格よ。文句なしにね」


それを聞いた鳩羽が破顔一笑した。


「時間があるから、あの木からここまでどうやって来たか見せてくれない?」


好奇心で尋ねると鳩羽は全く同じにはできませんが、と断って一旦近くの木に登った。

浅縹もその横に立つ。


「私も着いていけそうだったら着いていくから。気にせずあの木に向かって」


「はい」


返事を合図に、鳩羽はそのまま木から飛び降りた。

浅縹もそれに続く。


地面に降り立った鳩羽はそのまま助走をつけて、自分の先にある木に跳ぶ。そのまま止まることなくぶら下がった反動を利用して三つ先の木に飛び移った。


すぐに広がる自分と鳩羽の距離に浅縹はまたしても驚いた。


「肉体強化の刺青のおかげ? でもこんなに顕著に差が出たことは……」


努めて冷静に分析する浅縹は、帰ったらまず仁の所に行こうと決めた。

彼なら何か教えてくれるかもしれない。

もう鳩羽の姿が見えないのだ。


浅縹なりに急いで辿り着いた時、鳩羽は木の上で一方向を見ていた。


「何を見ているの?」


「家を……私の家はどっちの方角かなと思って」


中央校の場所は秘密とされ、教師達しか知らない。そして教師達はこの島を出ることは許されない。


「本当は駄目なんだけど……」


浅縹は鳩羽の身体を北に向けた。


「この方角よ」


これなら、この島の位置はまだわからないだろう。浅縹はそう思っていた。

今見る位置からすれば鳩羽の出身国である山神国は北だが、実際にこの島は南西にある。


島からすれば、山神国は北東に位置する。けれど鳩羽が今立っているのは北東を北とする位置。


 そう思って教えたのだが、この時の浅縹は知らなかった。


やがて鳩羽がこの島を攻め落とすことを。

有数の実力者しか入学できない、術使中央校を一人で壊滅させてしまうことを。








 合格を言い渡され、鳩羽は教えられた教室へ向かっていた。


 確かここを曲がって二つ目の教室だった、と角を曲がるとき人とぶつかった。


「ごめんなさい」


「あぁ、こっちこそごめん」


尻もちをついた鳩羽に手を差し伸べたのは。


「桔梗?」


「いや、俺は梅染うめぞめ。君は? 見ない顔だけど」


「あ、鳩羽っていいます。あの、今日から入ることになる」


「へぇ、君が」


 梅染は鳩羽を立たせて、鳩羽を上から下まで眺めた。第一印象は、精神的に弱そうな大人しそうな少女。

肩までの真っ黒な髪に、ちょっと怯えたような表情。

 担任の教師は『編入を許される有望株』だと無表情で絶賛していた。しかしそれは自分達を焚き付けるために言っただけかもしれないと梅染は目の前の少女を見て思った。

まぁここに編入するのは凄い。でも、俺ほどではないな。

梅染はそう思いながら、そんなことはおくびに出さず、鳩羽に優しく笑いかけた。


「教室に行くところ?」


「あ、はい」


「それなら二番目の教室だよ」


「ありがとうございます」


「これからよろしくね。俺は日直で先生を呼びに行かなくちゃいけないからまた後でね」


鳩羽に手を振り、梅染は職員室に向かって歩き出した。


「そういや鳩羽色って何色かな。ま、紫ではなさそうだな」


その彼の予想が裏切られるのは五分後のことだった。




 中央校に入学できるのはごく限られた生徒だけ。術使の学校は全部で三校、総勢で千人ほどいる。そのなかで中央校に入れるのは、僅かだ。一年に一回、全学年対象の選考が行われるが合格者がいない年もある。

今、中央校にいる生徒数はたった二十人。鳩羽が編入する学年には五人しかいない。

その五人は、教壇に立つ担任の濃縹が、隣で立っている鳩羽のことを紹介するにつれて、生徒達は顔をひきつらせていった。


「紫系統でしかも言式を……」


「二つも……」


「そりゃ、『編入』になるよな……」


鳩羽は空いてる席を示され、そこに座る。一番窓側の席。


横には枯れ木が立っている。何の木だろうかと鳩羽が一瞬目を外に遣ると、席の真横、足の所の壁に白墨≪はくぼく≫がめり込んだ。


「余所見はするな」


「すみません」


「反射神経はいいな」



鳩羽は首を傾げた。

濃縹が足を正確に狙って投げた白墨を無意識に避けたのを本人はわかっていない。


「ちっ、天才肌かよ」


隣から憎しみをこめたような声が聞こえ、鳩羽はびくりと身体を震わせた。


あか


その前の席に座っている少女が、少年を嗜める。


「気にしないで。赤はその色の通り情熱的なの」


「はぁ」


情熱的と表現するようなことでもないような……そんなことを思いながら、気の抜けた返事をすると少女はふんわりと笑った。


「私、『土器かわらけ』っていうの。宜しくね」


「あ、宜しく」


「もういいか? 授業始めるぞ」


「あ、すみません」


「では今日は鳩羽が初めてだから、簡単な課題を用意している。それをしてもらう」


 つい先日、この中央校の校舎内に不法侵入したとある国の術使がいる。その目的を調べろというものだ。


「本来の目的は既に教師側で把握している。それを当ててもらう。術使に尋問してもいい……拷問は駄目だから注意しろ。他に教師側で答えられることなら情報提供しよう。制限時間は今から一時間後」


言い終えると濃縹は教卓の椅子に座り、本を読み始めた。生徒達五人はお互いの顔を見合わせて、動き始めた。

赤と呼ばれた少年は術使の居場所を濃縹に尋ねて教室を出ていき、追いかけるように違う少年も出ていった。土器は座ったまま何かを帳面に書いている。

梅染はなにもせず、鳩羽を見ている。


鳩羽は視線に緊張しながらも考えた。やがて席を立ち、濃縹の近くに行くと小さい声で話し始めた。


「あの、濃縹先生」


「なんだ」


「幾つか聞いてもいいですか?」


「ああ」


「捕まった術使さんは、校舎内のどこで捕まったんですか?」


「図書館だ」


「図書館ってどこにあるんですか?」


濃縹は本を置くと立ち上がって、校舎の隣にあるやや大きい建物を指し示した。


「おっきい……あれ全部ですか」


頷く濃縹に鳩羽は続けた。


「中にはなにがあるんですか。詳しく教えてください」


「本、書類、手洗い場、倉庫、会議室だな。もっと詳しくか?」


「はい、本の種類や倉庫にはなにがあるかも教えてください」


「本は一般小説……娯楽本や哲学本といったもの、辞書、術使についての本がある。術使についての本は術式が描かれたものや歴史書もある」


「例えば国の術使がとても欲しがる本がありますか?」


「ある」


「特に欲しがるのはどんな本ですか?」


「禁術が書かれた本だな」


「それを盗みに来た……とか」


まあ、こんなに簡単に解るわけないかと自信なさげに言う鳩羽に濃縹はため息をはいた。


「ですよね、違いますよね」


恥ずかしくて鳩羽は手を慌てて振った。


「正解だ」


「え?」「え」「うそ」


聞き耳をたてていた梅染と土器が驚きの声をあげる。

鳩羽もびっくりした。そんな簡単な答えでいいのか、と。


「お前達は複雑に考えるからな。引っかけだ」


真顔でそんなことを言う濃縹に土器が苦笑いしながら尋ねた。


「私と梅染はどうなりますか?」


「目的を探るのに決まりなどないからな。合格だ」


「やったあ、よかったね梅染」


くるりと振り返った土器は予想外の反応を示している梅染に首を傾げた。


「良くない……良くない! こんな合格は嫌だ」


「なら違う方法で合格してみせろ」


濃縹の一言に梅染は乱暴に席を立った。


「負けないからな!」


鳩羽を睨んで梅染は教室を出ていく。

鳩羽はその表情にぽかんとしながら、そのまま彼を見送った。


「好敵手に認定されたみたいだね。ごめんね、私達楽しちゃって」


「そうだな。鳩羽はこういう時は術式を使用するといい」


「声の量を変える術式ですか?」


 入学式の時に教師が口の前に術式を展開させて話をしていたことを思い出す。声を大きくする術があるならば小さくするものもあるだろう。


案の定、濃縹は頷く。


「術式はこうだ」


黒板に描かれたのは三つの術式。

左と真ん中に描かれたものは、鏡に写したかのように対になっている。

片方は大きく、もう片方は小さくする術の術式だ。


「これは、この術式を向けた相手にだけ声を届ける術式だ」


濃縹は実際に発動させてみせると二人を教卓の所へと呼んだ。


「この術式は連動させて行う。まず、声を小さくする術式を描き……」


藍色の線で声を小さくする術式を描くと、最後の一線で奥に線を描くように指を前に突きだし、更に大きく基本円を描き始めた。


「一回り大きく描くのは特定の人物にだけ声を送る術式だ。術式の中では持ちがいい方だから、その間に話して話が終われば手で術式を消す。因みに両手で別々の術式を描けるならば、描いたのを結び線で繋げればいい」


「術式は簡単に描けそうですね」


「土器が普段使う術式を考えればな。お前は正確で速く描くのは上手だから」


「ありがとうございます。鳩羽ちゃんは今までどんな術式を使ってきたの?」


鳩羽は首を傾げた。今まで使ってきた術式の難易度なんか気にしたことなかった。だから、自分がどうなのかは解らない。


「えっと、水を放つのに、火のに、雷に……」


幾つか使った記憶のある術式を言ったが、鳩羽はほとんどの術の名前を覚えてなかった。教わったのを使えるように練習して、使った方がいいかなと思った時に使う。鞭のようにしなる雷の術も鞭撻雷という名前があるのだが、鳩羽はその名を知らない。


「初級の術式だな」


「じゃあ時間もあることだし、鳩羽ちゃん一緒に練習しない?」


「そうだな。この時間も勿体ない」


「でも、他の人が……」


「運動場は教室からも見えるし大丈夫だよ。行こう?」


くいっと土器は鳩羽の手を引っ張って窓に近づいた。


「え、窓から?」


「うん。速いもん」


土器は窓枠に手をかけて、勢いよく外に向かって跳んだ。


「ほら、鳩羽も行け」


背中を押されて鳩羽も窓から飛び降りる。今まで何回かしたことだが、まだ不思議な気分を味わう。かつてなら自分がこんなことできるようになるなんて思わなかった。


 とん、と軽く地面に降り立つとその横に濃縹も着地する。


「鳩羽ちゃんは一ヶ月ぐらい浅縹先生と一対一で授業だったんだよね? その時はどんな授業したの?」


「術式を教えてもらったり、あとは皆が受けた授業のなかで特に重要なところを教えてもらったり、かな」


「ふーん、鳩羽ちゃんが一番得意な術って何?」


「水の術かな」


「教わった術で一番難しいのを発動させてみなさい」


「一番難しい?」


「んーっと、術式が難しいのだよ」


それなら得意な水の術ではなく雷が鞭のようにうねる術だ。


「じゃああの木を狙って術を発動させます」


鳩羽は意識を集中させ、大きく円を描き始めた。その中に鞭を表す記号、雷を表す記号や幾つもの模様を描いていく。


「鳩羽色ってこんな色なんですねぇ」


土器は食い入るように術式を見ている。濃縹も鳩羽が描く術式から目は離さない。

(描く速度、正確さは土器の方が上だが……)


 描き終えられた術式から雷が放たれる。茨の鞭だ。


鳩羽は術式を掌に固定させ、腕を振った。

それに合わせて鞭も波打つ。


「すごい……」


すぐに雷は木の枝に巻かれ、そこから枝が折れた。

枝が地面に落ちると鳩羽は術を消して濃縹を見る。


「これが、多分一番難しかったです」


「……そうか。その技は中級の技だ」


ただ、威力は全然違うが。

通常の鞭撻雷は相手を驚かせたり、麻痺させて捕縛するものだ。

鳩羽の鞭撻雷では相手は大怪我を負う威力だ。雷も普通は茨のようになっていない。

そのことを尋ねると「? えっと、これで教わりました」と怪訝な表情で鳩羽は答えた。


「浅縹に?」


「はい」


「……この技は『鞭撻雷≪べんたつらい≫』と言って、通常はこんな術だ」


濃縹は術を発動させ、鳩羽が枝を落とした木に雷の鞭を巻きつける。


「え……」

術式も鳩羽が教わったものより簡単だ。

覚えるの大変だったのに! と心のなかで怒る。


「改術されているのも役に立つが、基本も覚えておくといい」


「はい」


「そんなに拗ねるな。いつか両方役に立つ」


「そうだよ鳩羽ちゃん。その術私にも教えてくれる?」


柔らかく微笑む土器に、鳩羽は膨れっ面を引っ込めて「うん」と頷いた。





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