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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第二章:中央校編
41/59

二の一

 鳩羽が中央校へ編入して一月が経った。

 早い時期に中央校へ編入したため、まだ実力不足だった鳩羽は、教師と一対一で授業を受けている。隔離状態での生活を送り、中央校にいる生徒とはまだ会っていない。


「鳩羽、次はあの的を狙って」


「はい」


 指定されたのは、百メートルは離れた的。鳩羽は神経を集中させた。

この一月で描き慣れた雷の術式を素早く描きあげ発動させれば、雷は鞭のように術式から的に向かっていく。そして、轟音と共に的は木っ端微塵になった。


「……素晴らしいわ」


 付きっきりで教えてくれている教師の滅多にない笑顔に鳩羽は照れながらも小さい声で「ありがとうございます」と笑みを返した。


「術式の操作、力加減は上達したわね。これなら皆と授業を一緒に受けていいと思うわ」


でも、と教師は続ける。


「体力面が不安ね。息切れしやすいし……筋肉不足かしら。腹筋とかを欠かさず行うようにしてね」


「はい」


「うん、じゃあ今日はおしまい。私は職員室に行くから、先に部屋に戻ってて」


「わかりました。今日もありがとうございました」


 鳩羽はぺこりとお辞儀をして、職員専用の寮に向かった。

 一定の基準を超える技術を得るまでは鳩羽は皆と違う授業を受け、職員の寮で暮らしている。部屋は相部屋で教えてくれている教師と一緒だ。


 部屋に戻ると汗を吸った服を脱ぎ、鳩羽は身体拭きの布で汗をぬぐった。

 裸になったついでに鳩羽は自分の身体を鏡に映してみた。以前より肌は焼け、身体つきも健康的になっている。


「なんだか自分じゃないみたい」


不思議な気持ちになりながらも、鳩羽はくるくると鏡の前でまわった。



******



コンコン


浅縹あさはなだです」


「入りなさい」


「――失礼します」


 鳩羽を先に帰して、浅縹が足を向けたのは職員室ではなくて校長室だった。


「どう、鳩羽は」


「素晴らしいです。あんな才能の持ち主はそういないでしょう」


鳩羽について饒舌に喋る浅縹を珍しげに見つめながら、校長は頷きながら話を聞いた。


「そうか、筋力がないか」


「はい。同年代の子供達に比べ、発育が悪いです。今まで生活環境が悪かったのでしょう」


「成長期とはいえ、身体は一気に改善はしないからね。あと数年、は待てないし……」


数年も待っていたら、戦場で死んでしまうだろう。どうしたものかと校長は考えた。


「今は毎回肉体強化の術をかけて、授業をしていますがその場しのぎですし……鳩羽の身体に負担も出始めています」


「……彫ろうか」


「それがいいかと」


「どうせ連絡の術式も彫らなければいけない。番号は?」


「八五三三です」


 これは中央校に入学した人数だ。鳩羽は八五三三人目。

 一部の術式は身体に彫ってもその能力を発揮できるものがある。連絡用の術式や簡単な肉体強化の術式がそうだ。


「鳩羽には明日にでも話をしよう。彫り師に準備をお願いしておくから、そっちは頼んだよ」


「はい」


「ん、じゃあお疲れさま」


 浅縹は礼をして、校長室を後にした。そのまま寮に戻ってもよかったが、ふと、職員室へと足を向ける。鳩羽に付きっきりになってから、浅縹も同僚に殆ど会っていなかったからだ。


 立て付けの悪い木造の戸を開いて顔をひょこりと覗かせると、授業中なのだろう。皆出払っていて、職員室には一人しかいない。

浅縹は何かを熱心に見て、こちらに気づかない同僚に声をかけた。


濃縹こきはなだ


 呼ばれた人物はぴくりと肩を揺らし、ゆっくりと視線をあげた。


「浅縹」


 眼鏡をかけた真面目そうな男性が抑揚のない声を出す。同じ縹という名がつくが、濃縹は冷静を突き抜けて殆ど表情が変わらない。白橡しろつるばみといい勝負だ。


「どうした、何かあったか」


「ううん……ね、隣いい?」


「ああ」


 了承の返事が聞こえて、隣に座るも特に話すことがなかった。濃縹も見ていた資料に目を戻し、沈黙の時間が続く。暫く紙を捲る音だけが職員室に響いた。


「――戻るわ」


「ああ」


それだけ言うと、お互いもう相手には見向きもしない。こんな時間に意味があるのだろうか。浅縹は時々そう思う。

けれど、こういう時間がなによりも幸せな時間だということも知っていた。



******



 次の日。


「え? 二の腕に」


「そう。義務でね。大丈夫、彫るとき痛みもないわ」


「……わかりました」


 嫌と言えるわけもない。頷きつつ、自分の二の腕に視線をやる。


「大丈夫よ、私達も彫ってるから。あとね、貴女に相談なんだけど……」

 

 肉体強化の術式を彫らないかと浅縹に言われ、鳩羽は困った。正直、毎日肉体強化の術式を描いているせいで、反動に身体が悲鳴をあげている。寝ても寝ても疲れがとれない。


「術が切れた後の疲労感もなくなるし、何より運動能力があがるから、その方面での心配はいらなくなるわ。貴女の身体に傷をつけるのだから、親御さんには申し訳ないんだけれど――生き残る可能性は高くなると思うの」


 どう断ろうか考えていた鳩羽だが、最後の一言で迷いが生じた。それを見透かしたように浅縹は言葉をつ続ける。


「消そうと思えば消せるわ。そうね、幸せになるためのちょっとした準備と思えばいいのよ」


 その言葉に鳩羽は頷いた。





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