表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
39/59

三十六

 必死で走った。後ろを振り返らずに。そうして無我夢中で学校の門へと走り込み、紅緋べにひと鳩羽は地面にへたり込んだ。


「はぁ…紅緋、先生。ありがとう、ございます」


 汗をぬぐいながら鳩羽は紅緋を見た。


「……先生?」


 紅緋は目を閉じて苦しそうにしている。

おかしい。

そう思って鳩羽は視線を手が押さえている場所に移した。

そこにあったモノに鳩羽は驚愕する。


「……ぁ……」


声にならない悲鳴をあげて、鳩羽は自分の口を押さえた。


短刀が刺さっている。


紅緋が押さえている意味もないかの様に血が流れて、どんどん服の色を染め変えている。


「だい、じょぶ」


息を荒く吐く紅緋にどうすればいいのか分からない鳩羽は、泣きながら短刀を抜こうとした。

考えなんてなかった。ただ、どうにかしたい一心だった。


「だ、め。抜いたら余計血が……」


 短刀に触れた鳩羽の手をがしっと紅緋が掴む。


「やっ……」


怖くて思わず、手を振り払おうと動かしてしまった。その衝撃で短刀が少し動いてしまい、紅緋が呻いた。


「あ……あ」


それを見て、いっそう涙が溢れてきた。


「せんせい、私、は。何を」


すればいいのか。そう聞こうとしたけれど涙で上手く喋ることができない。視界もはっきりしない。


「おち、ついて。止血を。肉体強化の術を……」


肉体強化の術を使い、一時的に身体の身体能力をあげる。そうすることで治癒力が多少高まると以前、授業で習った。治癒の術は難易度が高いため、だいたいの術使はこの方法を使うと。

それをしてほしい、と紅緋は言っているのだろう。

鳩羽は泣きながら頷き、術式を展開させる。


しかし、涙でうまく描けない。


どうして。


どうして。


血はどんどん服を染め変えていく。


いけない、このままじゃ。


お願い。誰か。


 涙を止めようと、手で目元を強く拭っても涙は止まらない。

手も震えだして、紅緋の言葉も段々と途切れていく。

そうした状況で鳩羽は必死で術式を描いた。みっともない形の術式。でも、これが今、鳩羽にできる精一杯だった。


 よれよれの術式を紅緋に向かって押す。


「お願い…っ…」


泣きながらそう呟いた。


瞬間。


信じられないぐらいの光が術式から放たれる。

鳩羽色の中に、銀色の粒子が混ざったような明るい光は、すっと紅緋の中に吸い込まれていく。そして、紅緋に刺さっていた短刀が地面に落ちた。


さっきまで気絶しそうだった紅緋が驚いた表情で、鳩羽を、そして、自分の腹部を見ている。


「鳩羽!!」


 鳩羽は何が起こったかわからず、ぼんやりと声がした方を見た。教師達が走って向かってきている。


「なんだ! なにがあった!!」


どう説明していいのかわからず、鳩羽は紅緋を見た。

紅緋はまだ驚いたままだ。


「紅緋?」


 声の主は白橡≪しろつるばみ≫だった。場違いな様な静かな声で一瞬、場が静まり返る。

紅緋はそこで我に返った。ただ、目線を鳩羽に固定している。


「この子、言式を……」


「言式だと!?」


また騒がしくなった場に、白橡が制止をかける。


「落ち着いて。詳しく教えて。まず、紅緋。その血は?」


「この血は……私が刺されて」


「刺された? 傷がないけど」


「それは鳩羽が肉体強化の術をかけて……でも光って…!?」


目を見開いていく紅緋を見て、白橡は溜め息をついた。鳩羽を振り返り、


「一から話してくれる?」


といつもと変わらない口調で言った。


「私にもよく……えっと、山で試合を行っていたんです。試合が終わってその場で解散だったんですが、鉄紺先生が私を呼んで『中央校に行きなさい』と言って。それで、学校に戻るまでは紅緋先生が私を守ってくれて、山の中でいっぱい攻撃をされて……」


しどろもどろ話したが、鳩羽自体も事の次第がよくわかっていない。


「説明が下手。紅緋、もう大丈夫?」


話を止められ、白橡はまた紅緋へと振り向いた。


「ええ。悪かったね」


紅緋はだいぶ落ち着いたようだった。胡座をかいて、白橡を見上げている。


「まず、山中で試合を行っていた際、鳩羽は言式をみつけた」


ざわり、と教師達がざわめきたつ。


「それで鉄紺が『中央校』への転校を宣言した。だから、私が護衛になり山を下ることにした。そしたら、この有り様。腹部に短刀が刺さり、大量に出血。門内に辿り着いたところで倒れた。けど、鳩羽が治してくれた。しかも肉体強化の『言式』で」


紅緋も言いながら、自分の頭の中を整理しているようだった。


「二つの言式、ねえ……」


白橡が鳩羽を見つめる。

そして徐に短刀を取りだし、自身の腕に突き刺した。


「きゃああっ!」


鳩羽は思わず叫ぶ。真っ赤な血が流れて、小さな水溜まりをつくっていく。


「さっき紅緋にした言式を使って」


短刀が刺さっても冷静な白橡に、逆に鳩羽が焦っていく。


「ほら、早く」


そう言われて、鳩羽は急いで術式を描く。

歪な術式を白橡に向けて「お願い」と言ってから押すと、先程と同じく術式が光った。

 すっと白橡の腕に吸い込まれて消えていき、短刀は地面に落ちる。そして、傷口も見当たらない。


「これは……」


教師達も驚愕に言葉少なくなる。信じられないものを見るような目で鳩羽を見る。


「うん、腕も全く違和感ない。完全に治ってる」


そんななかやっぱり冷静な白橡は腕を軽く振ってみせた。


「鳩羽が襲われたのは鉄紺が中央校への編入を決定したからだ」


 白橡は淡々と話し始めた。

 そもそもこの島には各国の隠密がいる。各国の未来の術使の情報を少しでも得ようとするためだ。


 殺生はしないこと、学校の門内には侵入しないこと。


この二つを守れば、隠密の存在は暗黙の了解とされていた。


「じゃあ山の中で戦っていたのは……」


「隠密達」


彼らは余程でない限り、手は出さない。下手に手を出せば、綺羅の教師は黙っていないし、国同士の均衡も危うくなる。

色々と複雑な事情も絡んでいるらしい。


「でも、鳩羽は可能性を秘めている。鳩羽の出身国以外の隠密は早々に排除しようと決めたようだね」


でも、殺生は禁止されているとさっき白橡は言った。


「殺生は、ね。つまり殺さなければいいだけで、あとは問題にはならない」


術使になれないように両腕を使えなくする、声が出ないように喉を傷つける、など色々な方法がある。

更に門内にいるから安全というわけではない。

同級生を人質に外に誘い出されたり、なども想定される。


「白橡。そう脅すな」


「鉄紺先生!」


 いつの間にか戻ってきていた鉄紺が他の教師から事情を聞き終えて、鳩羽へ声をかけた。


「言式を二つも得たから可能性は高い。何回も言うが、一つ見つかるだけで奇跡だ。今、言式を二つ以上持っているのはこの大陸に八人。一つ持っているのも三十人ぐらいだ」


「!!」


鳩羽は目を見開いた。


「お前はその八人の中に加わってしまったんだ。一刻も速く中央校に行くぞ。ここにいれば危ない。お前も、そして友人達も」


鳩羽は紅樺や桔梗、蜜柑の顔を思い浮かべる。

友達を自分のせいで危険な目に合わせたくない。


「わかりました。荷造りをすぐ済ませてきます」


「私が着いていこう。他の者は絹の生徒が全員戻ってきたか確認しろ」


「「「はっ」」」


鉄紺の言葉に教師達が一斉に行動する。


「鳩羽」


紅緋がぽんぽんと鳩羽の頭を叩く。


「きっと、もう会うことはないだろう。元気でやるんだよ」


「……はい」


鳩羽は目に涙を浮かべながら、紅緋にお辞儀をした。


「行くぞ」


鉄紺に促され、鳩羽は部屋へと向かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ