三十五
全ての試合が終わり、鉄紺を前に鳩羽達は地面に座っていた。
「さて、『言式≪ことしき≫』について説明しよう」
前に出てくるように鉄紺に言われて鳩羽は立ち上がった。明かりの術を発動させるよう言われて、光の球を造り出す。
「これが通常の明かりの術なのは皆わかるな」
その光の球は太陽のもとでもはっきりとわかるぐらい輝いている。
「ではさっきしたように『言式』を併せて明かりの術を発動しなさい」
鳩羽は明かりの術式を描く。光の球ができあがると空に軽く投げる。
そして一言。
「『錯乱』」
瞬間、光が大きな音を立て弾けた。
「このように術と言葉をかけあわせて威力を強化できる……って、ああ、すまない。感覚が戻るまで待とう」
桔梗を除き、生徒達は目をつぶって耳を抑える。咄嗟のことで、感覚が一時的に麻痺してしまった。
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暫く待って、落ち着いた生徒達に鉄紺は説明を続けた。
「今のが『言式』だ。言式は術者や術によって違い、同じものはないと言われている。例えば……」
鉄紺は鳩羽が先程したように明かりの術を発動させ、「錯乱」と言った。しかし、何も起きない。
「他者の言式を真似ても意味はない。自分だけの言式があるはずだが、それを探すのは簡単ではない」
「私達教師達でも言式を使える術があるのは一人だけよ」
「言式は意味を成さない言葉の組み合わせの場合もある。努力でどうにかなるものではない」
言葉の組み合わせは、果てしなくある。その中からたった一つの組み合わせを探さないといけない。さらに術によって言式が違う。そのため、言式は一つ見つかれば奇跡だと言われる。
「だから鳩羽。今見つけた言式は大事にね」
言われて鳩羽は神妙に頷いた。言式がそんなに凄いものだとは思わなかったのだ。
「皆も時間があるときは色々言いながら試してみるといい。だが、それよりも術式を速く描けるように練習する方が確実だ」
その場で解散となったが、鳩羽は鉄紺に呼び止められた。
何だろうと緊張した面持ちで鉄紺を見上げると、鉄紺は一つ咳払いをして、鳩羽を見おろした。その瞳はいつになく揺れている。
「鉄紺」と紅緋に言われ、少しの躊躇いの後、鉄紺は口を開いた。
「鳩羽は術使中央校へ行ってもらう」
「え……?」
「中央校へ編入だ。帰って荷造りをしなさい」
その言葉に鳩羽は数度瞬きをした。
「本来なら一年間の成績や才能を吟味して、中央校へは選抜される。しかし、例外もある」
鉄紺はそこで言葉を切って、周りを見渡した。目を細めて、険しい表情になる。
「紅緋、鳩羽を護衛しろ。他の者は被害を最小限にしろ」
強い口調の鉄紺に他の教師達が跪く。
「「「はっ」」」
短い返答と共に、教師達が一斉に動き出した。刀を抜いたり、術式を展開させながら走っていく。
「行け!!」
その掛け声と共に、紅緋に強く腕を引っ張られ、鳩羽は走り出した。
「あ「話は後で。今は急ぐから――走るわよ!」
途端、横から短刀が飛んでくる。
「ちっ!」
紅緋が短刀を避け、術式を展開させる。
水の術が放たれた先には何も見えなかったが、どさり、と音がした。
「え、な…な……!!」
鳩羽は混乱した。
「落ち着きなさい! 学校に戻れば一先ず安心だから!」
紅緋は言いながら放たれる術に対抗しながら、鳩羽を引っ張って山をかけおりていく。近くで響き渡る轟音がとてつもなく怖い。
なんで。
状況を把握できないまま、鳩羽はひたすら走った。