三十四
組替えをしてからの鳩羽の成長はめまぐるしかった。
鳩羽は教えられたことを、最初はうまくできない。他の生徒に比べて出発は遅い。
しかし、一旦できるようになるとそこからの上達が早い。追い上げるどころか追い越す。
今までは教師達もそれに気づかなかった。
「ここまで化けるとはな」
「最初感覚を掴むのに手こずってたのが嘘みたい」
一番最初に覚えた術式は明かりの術式だったが、あれは誰でもできるような本当に初歩の初歩のものだ。その次には火の術式、水の術式を紅緋立ち合いのもと練習した。火の術式は十回ほどやってようやくまともにできたのだ。その時点ではまだ鳩羽に才能があるは誰も思っていなかった。
「その時にはまだ慣れてなかったんでしょう。鳩羽は練習させればさせるほど伸びていくわね」
今、その言葉を証明するような試合が行われていた。鳩羽と桔梗の試合で、もう四回目となる。
最初、鳩羽は一瞬で桔梗に負けていた。それが、二回目には数秒持ちこたえ、三回目には数分。そして四回目の今は、十分経っても桔梗相手に奮闘している。
桔梗は文句なしに学年一強い。術式に関してもだが、彼は体術などにも優れていた。
鉄紺達は桔梗の生い立ちを知っているため、彼が体術に優れている理由も知っていたし、それ故に彼が学年一なのもある意味当然だと思っていた。
しかし……
「わからなくなってきたわね」
鳩羽の成長の速さ。
術式に関してならば、桔梗に引けをとらなくなってきている。
「そうだな」
鉄紺は頷いた後、戦っている二人に視線を戻した。
「鳩羽、すごいな」
その言葉に、鳩羽は桔梗へと強い視線を向けた。息切れすらしていない様子でそんなこと言われても、と心の中で文句を言う。
試合開始から既に十五分近く経つ。鳩羽の体力は限界に近い。体力増強の術式も効果が薄れてきていた。
じわじわと襲ってくる疲労感に懸命に足掻こうとするが、あと二、三分も持たないだろう。
でも悔しいので、せめて桔梗に一撃お見舞いしたかった。
桔梗が術式を描き始める。基本円の次に描かれる線でだいたいの術式の目安をつけないと防御はできない。鳩羽は桔梗のその一手を見た瞬間、対応できるであろう術式を描き始めた。
ドンッ!!!
桔梗が放った火の術式に対して、鳩羽は水の術式をぶつける。
勢いよくぶつかった二つは凄まじい音をたてて相殺された。
「へえ」
桔梗が感心したように呟く。その中に多少の苛立ちが含まれていたが、鳩羽は気づかなかった。
桔梗が術式を描き始めるが、鳩羽には何の術式かわからなかった。明らかに術式を描く速さが速くなっている。
鳩羽は焦った。どうにかして桔梗の注意を逸らさないと、と。
注意を逸らせるものと言えば大きな音や眩しい光だと直感的に思った。すぐさま簡単に描ける光の術式を展開して、それを桔梗に目がけて投げた。
「錯乱!」
そう叫ぶ。すると、途端に光がはじけた。
「!!」
好機!! そう思えたらよかったが、あまりの眩しさに自分まで目を閉じてしまった。音も大きく、自分で放った術なのに鳩羽は立ち止まってしまう。
はっと気づいた時には遅かった。体勢を立て直した桔梗に蹴りを入れられる。
「かはっ……!」
鳩羽は地面に倒れてしまった。
痛みに喘ぐが試合はこれで終わったかと思った。なのに、終了の合図がない。
苦しみながらも視線を鉄紺に向ければ、鉄紺達は驚愕の表情をしていた。
「今、この子『言式≪ことしき≫』を使った?」
「……ああ」
「うわ、信じられない……」
初めて聞く言葉だ。しかし、今はその言葉よりも『試合終了』という言葉が聞きたい。鳩羽は助けを求めるように他の同級生に視線を向けた。それに気づいたのは柳鼠だ。鳩羽へ頷いてみせると、教師達に声をかけた。
柳鼠に声をかけられ、鉄紺達ははっと我に返った。
「勝者、桔梗!」
鉄紺が声をあげた。
やっと終わった、と鳩羽は安堵の息をはいた。それと同時に蹴られたお腹が痛みを訴える。
「大丈夫か?」
鉄紺がやってきて、鳩羽をゆっくり起こした。
銀鼠や他の教師も鳩羽の傍にやってきて、周りを囲う。鳩羽は尋問をされている気分になり、非常に居心地が悪くなった。
「さっき明かりの術を使ったとき『錯乱』って叫んでたでしょ? どうして?」
「どうして?」
問いかけに鳩羽は首を傾げた。そして、その時の状況を思い出す。特に説明することはない。
「『錯乱』という言葉は光に対しては使わないわ。『閃光』とかならわかるけど」
無意識だった。
そう言うと、教師達は溜め息をつく。末恐ろしい、と誰かが呟いた。
「明かりの術に言式の『錯乱』。鳩羽、この組み合わせを忘れるな」
「? はい」
言式については後で説明するという鉄紺に鳩羽は頷き、他の試合が終わるのを休憩がてら見ることにした。