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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
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三十三

 次の日の朝、教室に入っってきた鉄紺に続き七人の生徒達が入ってきた。その中には柳鼠やなぎねずもいる。彼は鳩羽と紅樺を見て、小さく手を振って挨拶をした。

「組替えをおこなった。これからはこの十人で一つの組になる。今日からここが絹組だ」

「授業は一部を除いて全て鉄紺先生が受け持つわ。その一部は私、銀鼠が受け持つわ」

 銀鼠は全体を見渡し、ある一点で視線を止めた。僅かに表情を綻ばせ、彼女を――鳩羽を見る。

「じゃあ、人数が少ないし自己紹介をしていこうか。桔梗」

「はい」

桔梗は立ち上がって、十人をゆっくり見まわした。

「桔梗です。色はこれ。宜しく」

最低限のことを言って桔梗は席に座った。次は必然的に隣に座っている鳩羽だ。

「えっと、鳩羽、です。色はこの色です。宜しくお願いします」




 全員の自己紹介が終わると、鉄紺は一人一人に布製の小さい袋を渡した。中を開けると短刀、包帯など細々≪こまごま≫したものが入っている。

「お前達の授業だが、基本的には外で行う。それに必要な道具だ。常に持ち歩くように」

 更に鉄紺は用紙を全員の机の上に置いた。用紙には術式が描かれている。複雑な模様で構成されていて、難易度は高い。

「体力増強の術式だ。今から十五分あげるから覚えなさい。その後紙は回収する」


 まずは手本を見せる、と鉄紺は術式を展開していく。

「この術式は描くのに多少時間がかかるから術線が消えないように注意して、速く描くように。術式を描いたら、そっと自分の方に押して体に合わせる」

 できあがった術式を鉄紺はぽん、と自分に向かって押す。すると術式はあっけなく鉄紺の体の中に消えていった。

「力は均等に押さないと術式が崩れるから注意が必要だ。術の持続時間は約十五分。効力がきれた後は疲労感があるから注意しなさい」

「使用回数に制限はありますか?」

「連続では二回が限度だ。一日でも六回以上はしない方がいいだろう」

「二回分、一気に術式を描くんですか?」

「いや、一回目がきれてもう一回かける。その間は隙ができやすいから気をつけなさい。他に質問は?」

 誰も返事しないのを確認して、鉄紺は時計を見た。

「じゃあ今から十五分。この教室だったらどこで練習してもいいぞ」

 鳩羽は立ち上がって教室の端へと移動した。

 まずは気を出さず、空中で描いてみる。

 術式は書き順がないから一番速く描ける方法を自分で探さないといけない。

何回か練習して、実際に指に気を溜めて、術式を描いてみる。

指先に神経を集中させると、ふんわりと鳩羽色が指先で光った。

 今では息をするように自然にできるが、初めて発動できたのは、同級生の中でも最後の方だったなと苦笑いしながら鳩羽は基本円を描きだした。続けて中の複雑な模様を描いていく。練習したお陰か一回で描くことができた。しかし、折角描けた術式は鳩羽が押した途端に歪んで消えてしまった。

 鳩羽は続けて手を押し出す練習をした。空中に向かってしたが、力が均等になっているかどうか解らない。何か使えそうなものはないかと周りを見ると銀鼠と目が合った。

「あの……」

「なに?」

「掌の力を均等にするコツ、ありますか?」

勇気を出して聞いてみると、銀鼠は「そうね……」と少し考えた後、答えた。

「まず術式の大きさは自分の両手と同じ大きさにするといいわ。ほら、してみて?」

言われた通り、鳩羽は両手を合わせてだいたいの基本円の大きさを決めた。

「そう。そのまま描いて……うん、描くのは上手ね。そのまま、さっき両手の大きさを測った時のようにして、軽くよ、トンって押して。本当に軽くでいいわ」

 柔らかい雪を触るのを想像しながら鳩羽は一瞬だけ術式に触れた。

今度は崩れることなくふわり、と自分の中に術式が溶けていく。

「うん、上手ね。試しに空いてる机を軽く叩いてみて」

ちょうど後ろにあった机は持ち主がいなかったので、鳩羽は人の肩を叩くぐらいで机を叩いた。

途端、


バキッ!!


机が真っ二つに割れた。

「……」

鳩羽はびっくりして声も出ない。ただ、自分の拳を見つめた。


「うん、精度もいいわね。鉄紺」

「ああ。鳩羽、ちょっと来なさい」

 鉄紺が手招きをする。素直にそこへ行くと鳩羽は鉄紺にいきなり抱えられた。


「え…あの……きゃあああ!!」


前触れもなく鉄紺は鳩羽を窓から投げ落とした。鳩羽は怖くて咄嗟に下に見えた木の枝に手を伸ばす。無理矢理枝を片手で掴むと落下の勢いで身体がぐるりと回って、また上に上がった。ほっとする間もなく、体は再び落下を始める。


叫びたくても叫べない。

怖くて頭が真っ白になった。でも、反射的に、身体が動く。

くるくるっと宙回転をして――無事、地面に降り立った。


「……え……?」


これには鳩羽自身が驚いた。上から見ていた、鉄紺と銀鼠、そして他の同級生もぽかんとしている。

いつになく激しく脈打つ胸を手でそっと押さえ、鳩羽は深呼吸をした。普通なら大怪我か下手すれば死んでいた。宙回転などしたこともないし、できるだけの運動能力も鳩羽にはなかった。これこそが術の威力だろう。

「鳩羽、戻ってきなさい。今ならその木づたいに登れる筈よ。大丈夫」

確かに今ならできる気がする。

そう思って、鳩羽は木に手をかけた。案の定、するすると登ることができる。これならば、下の枝から上の枝に跳びうつるということもできるかもしれない。

腕を伸ばしてちょっと届かない、という枝に思いきって跳んだ。すると、身体が勝手に動き、また宙回転をしてその枝に立つことができた。

最後に枝から教室の窓へと跳びうつる。

中に戻ると、皆の視線が鳩羽へと集中した。

「よくやった。他の者は続けて練習。術が発動できたら同じことをするから、私の元に来なさい」

鳩羽は教室のどこかに立っているように言われた。

「術の効果が切れはじめてきたら疲労感が出てくる。その感覚も解るようにしておきなさい」

「はい」

数分後、ふくらはぎにむくみを感じはじめた。そして段々と身体が重くなっていく。

やがて、汗が出てきて鳩羽は疲れから床に座りこんだ。運動場を何周も走ったかのように体がきつい。

「少し反動が強いわね。もう少し筋力をつけた方がいいわ。水分補給をして少し休んだら運動場を二十周ぐらい走ってきなさい」

鳩羽を心配するような声音なのに、銀鼠は酷なことを言った。

「そうだな。いざって時にこの状態だとすぐ殺される。鳩羽、最初はきついだろうが頑張りなさい。生きるためだ」

そう言われては何も言えない。か細い声で「はい」と答え、鳩羽はゆっくりと立ち上がる。

「走りに行ってきます」と言って、教室を出ていった。


「凄いわね、彼女。潜在能力がとても高いわ」

 術式の完成度もさることながら、注目すべきは反射能力だ。 普通、最初からあのように動くことはできない。慣れれば、鳩羽のように軽々と木を登り移動などできるようになるが、それには冷静な判断力が不可欠だ。鳩羽は明らかに動揺して、物事を冷静に見ることができなかったにも拘わらず、あのような動きをした。それは才能の一種だろう。

「ああ。逸材だな……残念なことに、な」

「鉄紺……」

鉄紺の視線に続き、銀鼠も運動場を見た。

そこにはゆっくりながらも走る鳩羽がいる。

「大丈夫よ、彼女はきっと生き残るわ」

「そうだな……」


――それが幸せかどうかは解らないが。


その言葉を飲み込んで、鉄紺は教室にいる他の生徒に目を向けた。




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