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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
35/59

三十二

「へぇ、上手なんだな」

 地面に落ちた鳥から矢を抜きながら、鳩羽は桔梗の言葉に振り返った。

「ありがとう」


 山の中でも見晴らしがいい所。そこで三人は食事のため、準備を始めた。鳩羽と桔梗が材料を獲る係、鉄紺が捌く係だ。

「どうやったら上手く仕留めることができるんだ?」

「うんっとね、鳥の進路方向を予測して、鳥が飛んでるそのちょっと先を狙って矢を放つとうまくいくよ」

「へぇ、俺もしてみていいか?」

「あ、うん」

鳩羽は弓と矢を桔梗に渡す。

ちょうど飛んでいた鳥に目がけて矢を放つと、その矢は見事鳥の身体を貫通した。

「桔梗君すごいね。何でもできるんだ」

「鳩羽の教え方がよかったんだよ。その通りにしたら、できた」

「よかったな二人とも。ほら、寄越しなさい。捌こう」

 鉄紺が短剣で鳥を簡単に解体していく。捌くのを見るのが苦手な鳩羽は、できるだけ鉄紺の方を見ないように空を見上げている。

終わったと言われて、やっとそちらを向いた。

「こういうの平気になっておかないと」

桔梗にそう言われたが、苦手なものは苦手だ。

「いざとなったらできるだろう。手順だけは知っておきなさい」

「はい」

「いい返事だ。じゃあ火をおこしてくれるか?」

 鳩羽は覚えて間もない術式を発動させた。鶏肉を焼きやすいように火を調節する。やがて、香ばしい匂いがあたりに満ちてきた。

「ちゃんと練習したんだな。術の発動が安定している」

「ありがとうございます」


 一口大に捌かれた鶏肉を焼いていくと、すぐに香ばしい匂いがしてきた。

「鳩羽は久し振りの食事だろう。あまり一気に食べないようにしなさい」

「胃にもたれるから気をつけろよ」

 鉄紺も桔梗もそう言いつつ、焼けた鶏肉を次々に鳩羽に渡していく。鳩羽は笑いながらもお礼を言って受け取った。そのやりとりを何回か繰り返し「もう、お腹いっぱいです」と自分のお腹をさすった。

「なら、もう火は消すぞ」

鉄紺が簡単な術式を描いて水を出す。

「鉄紺先生の色は渋いですね」

その光景を見ながら、桔梗が呟いた。

「ああ、割と暗い色だな」

「やっぱり性格も暗いんですか?」

「お前はなぁ……でも控えめすぎると言われたことはあるな」

懐かしむように鉄紺は目を細めた。

「へぇ」

桔梗はそれ以上何も言わず、ただ火が消えるのを見ていた。


「これでよし。少し休んでから帰ろう」

 鉄紺は横になり、目を閉じた。

「この前は白橡先生がそうしていましたよ」と桔梗が言うと、鉄紺は「あいつも甘いな」と呟いて、そのまま黙り込んだ。どうやら寝たようだ。

「俺達も昼寝しようか」

「え、でも」

「鉄紺先生が起きるまでどうせ帰ることはできないし、食べると眠くなるしな。鳩羽も眠いだろう」

「うん……」

「なら、寝よう」

 桔梗も横になり、すぐ目を閉じた。鳩羽もそれにつられて横になって目を閉じた。本当に眠っていいのか。そう思ったが、眠気には勝てない。すぐに寝入ってしまった。


******


「鳩羽、そろそろ帰ろうか」

「ん……」

「鳩羽」

 二回目の声に鳩羽ははっと目を覚ました。周りを見ると、もう日が傾き始めている。どうやらとても長い時間眠っていたらしい。

「よく寝ていたな」

「すみません!」

慌てて謝ると、鉄紺は笑って首を横に振った。

「私も桔梗もさっき起きたところだ」

「赤ちゃんみたいにすやすや寝ていたな」

「桔梗くん、寝顔みたの?」

「だって隣で寝ているから。起きたら真っ先に鳩羽の顔が視界に入ったよ」

それを聞いて、鳩羽は顔を真っ赤にした。恥ずかしい、男の子に寝顔を見られるなんて。

「はは、真っ赤だ」

「もう! 桔梗くん!」

「ほら、じゃれあっていないで二人とも帰るぞ。学校に着いたら今日は解散だ。あとは部屋でゆっくり休みなさい」

 夕日を背景に三人は歩き出した。時折、笑いながら軽い足取りで学校への道のりを歩いていく。とてものんびりとした時間だった。こんな日がずっと続けばいい、と鳩羽は思った。



 寮に戻った鳩羽は、実技館へと行くことにした。放っておいていいと言われたが、そんなわけにはいかない。まだあそこにいるのだろうかと小走りに向かうと一階の階段を降りた所で人とぶつかった。

「きゃ!!」

「あ、すみません……って紅樺」

「あ、鳩羽。もう! 酷いじゃない、置いてきぼりにするなんて」

紅樺は怒っていた。

「ごめん。紅緋先生がそのまま寝かせておきなさいって」

「そうなの? 起きたら誰もいないからびっくりしたわ」

 紅樺は今からお風呂に行くと言った。着替えを用意しに部屋に一旦戻るらしい。

「さっき起きたのよ。ずーっと寝てたみたい。汗はひいてるけれど、身体がべっとりして気持ち悪いわ」

「私も一緒に行っていい?」

「ええ。でもどこかに行くところじゃなかったの?」

「ううん。紅樺が実技館にいるか見に行こうとしてただけ」

「そうなの。じゃあいいわね。お風呂行きましょう」

 二人で階段をあがって二階の廊下を歩く。いつもなら立ち話をしている同級生達が必ずいるが、今はとても静かだ。

「みんな今頃大丈夫かしら」

「うん……」

 試験は一週間内に学校に戻ること。このひっそりと寂しい廊下も一週間もすれば生活感が戻ってくるだろう。

「怪我、しないといいけど……」

自分みたいな怖い思いをしてほしくないと言えば、鳩羽の頭を紅樺が撫でる。

「鳩羽はいい子ね。私はみんな私と同じ目にあってきたら、どこかでほっとするわ。あぁ、私だけじゃないんだって」

「その気持ちちょっとわかるかも」

「でしょ? でも聞かなかったことにしてね」

人差し指を唇にあてて、紅樺は誤魔化すように笑った。

「そういえば、一週間授業どうするのかしら」

「今日はあったよ。でも山に狩りに行っただけだった」

「狩り? 生徒が三人だから、流石にいつもみたいな授業はしないのかしら」

「他の組はどうするんだろう。前回の試験を受けたのは学年で十人いるって白橡先生は言ってたけど……」

「そうなの? そう言えば二位って誰なのかしら」

紅樺が首を傾げた。

「鳩羽が三位で、桔梗は一位でしょ? じゃあ二位は? 鳩羽知ってる?」

鳩羽は首を横に振った。誰だろうと考えるがわからない。他の組の人は交流がないため、全然知らないのだ。

「ちょっと見てみたいわよね。明日鉄紺先生に聞いてみましょ」

「うん」

頷いて部屋に入ろうとしたところで鳩羽は思い出し「あ!」と叫んだ。大事なことを言ってなかった。

「紅樺!」

「え、何?」

びくっと肩を竦めて、紅樺が足を止めた。

「ごめん。でもご飯。今日から食べていいって!」

「本当!? やったわ!! 鳩羽! さっさとお風呂に行きましょう」

 紅樺はそう言うや走って部屋に入り、すぐ出てきた。

「お腹空いたわ! 早くお風呂あがって食堂行きましょう!」

 鳩羽は先程狩りをして食べたばかりだが、紅樺のあまりにも嬉しそうな様子にそのことを言って水をさしたくなかった。

「うん!」

そう返事をして、二人は手を握りあって走って浴場に向かった。



 言った通りに紅樺はすぐお風呂からあがった。鳩羽も紅樺に合わせて急いであがり着替えた。

また走るように食堂に行くと、とてもいい匂いがする。さっきまでお腹いっぱいだった筈なのに、鳩羽はまたお腹が空いてきた。

「いらっしゃい! 今日はラジャンだよ!」

 渡された料理をお盆にのせて、どこに座ろうか食堂を見渡していたいると「鳩羽」と離れた位置から声をかけられた。

「よかったらこっち来ないか? 紅樺も」

「桔梗くん」

桔梗ともう一人、知らない男の子が座っていた。紅樺が「行きましょ」と言って、桔梗の向かい席に座った。鳩羽は知らない男の子の向かいに座る。眼鏡をかけた大人しそうな男の子だ。前髪が伸びているせいで顔はよく見えない。背中を丸めて座っているせいもあるのだろうが、随分小柄に見える。

「お邪魔します」

「どうぞ」

と言うと少年は微笑んだ――多分。前髪の隙間からなのではっきりとは見えない。

「桔梗にも知り合いがいたのね」

紅樺は興味津々でその少年を見た。

「柳鼠≪やなぎねず≫って言うんだ。宜しく」

静かで育ちが良さそうな少年は紅樺の監察するような視線を柔らかく受け止めた。

「紅樺よ、宜しく」

「あ、鳩羽です」

鳩羽は緊張して敬語になった。同じ組の女子達との一件から、人見知りになってしまったのだ。今は紅樺や桔梗以外とは殆ど話していない。

「ね、色を見せてくれる?」

「うん、こんな色だよ」

くるり、と円を描いて柳鼠は自分の色を見せた。淡くて暗い、そして薄いといった何とも表現し辛い緑色だ。

「鼠っていうから、銀鼠先生と同じ色かと思ったら違うのね」

「系統は一緒なんだよ。これは灰色の系統なんだ」

「へぇ」

「紅樺は?」

「私は赤系よ。ちょっと茶色にも見えるけど」

紅樺が色を見せると栁鼠は「柔らかい色をした赤なんだね」とじっと紅樺の色を見ていた。

「鳩羽は?」

「えっと、この色」

他の人達に見られるのが嫌だったので鳩羽はとても小さく円を描いた。案の定「それじゃ見えないわよ」と紅樺に突っ込まれた。

「ううん、見えたよ。ありがとう、鳩羽。紅樺も。そう言えば三人は同じ組なんでしょ?」

「ええ。麻組よ。柳鼠は?」

「僕は絹組」

「そうなの……ねえ、前髪邪魔じゃない?」

 唐突に紅樺が柳鼠の前髪をあげた。

「ほら。こうした方がいいわよ」

現れた柳鼠の顔は、優しそうな人の顔だった。顔立ちはどちらかと言えば整っている方だ。しかし「止めてよ」と柳鼠はすぐに顔を隠した。

「あ、ごめんなさい」

「ううん、僕こそごめんね」

 それきり二人が黙ってしまい、空気が何とも言えないものになった。どうにかしなきゃ、と鳩羽は無理矢理話を三人に振った。

「あ、そう言えば授業って一緒にするのかな。十人しか今いないんだよね?」

「そうだな。今日は狩りだったし。明日もしかしたら一緒かもな」

桔梗が柳鼠の方を向くと、「そうだね。一緒になったらよろしくね」と言った。

「そういえば、二位って誰だったか知ってる?桔梗とその人だけだったんでしょ? 無事に帰ったの」

「ああ、それ柳鼠」

意外な言葉に鳩羽はおもいっきり彼の方を見た。

「そうなの?すごいね」

素直に賛辞を言うと、柳鼠は照れたようにぽり、と頭を掻いて、ぼそりと「ありがとう」と言った。

「私なんてすごく怖くて身動き取れなかったのに、本当にすごいね」

尚も称賛する鳩羽に柳鼠は両手を振って鳩羽の言葉を遮った。

「褒められなれていないから、止めて。恥ずかしい」

「なんで? すごいのは本当じゃない。だってこの学年ってだいたい百二十人ぐらいでしょ? その中のたった二人しかできなかったことよ?」

「紅樺まで止めて。僕どうしたらいいかわからないよ」

「そういう時は自慢していいのよ。自分はすごいんだって」

紅樺がそう言うと柳鼠は目をまんまるくしたあと、長い前髪を耳にかけて顔を露わにした。

「ありがとう」

彼は今度ははっきりと、そして柔らかい微笑みを浮かべた。




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