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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
33/59

三十

 結局、洞窟に入った麻組の生徒達が戻ってきたのは三時間後だった。

洞窟から出てくるだけ、と白橡は言ったのに皆の腕や足は怪我をしている。

「楽だったでしょ?」

白橡の問いに、生徒達は力なく首を横に振った。


 鳩羽達が教室に戻ると、鉄紺が読んでいた本を閉じた。

「おかえり。その様子じゃ洞窟から出てくるだけでも大変だったみたいだな」

泥で汚れた服を見て、鉄紺が苦笑いをした。

「今日はこれから連絡事項を言ったら終わりだから、早く風呂に行きなさい」

 鳩羽、紅樺、桔梗は椅子に腰かけるが、他の生徒はこの時ですらも座ることは許されない。立ったまま連絡事項を紙に書いていこうと前かがみになっている。


「これからの授業についてだが、今回の試験結果をうけて、この学年は思った以上に出来が悪いということが判明した。ついては、授業が今後厳しくなり、今回の試験についても再試験を行う」

その言葉に教室内がざわついた。鳩羽も紅樺と顔を見合わせる。


「桔梗は免除、鳩羽と紅樺は別途で格闘の補習がある。他の者は、今夜再試験を行う。内容は全く一緒だ……あぁ、試験内容がわかっている分、今回不合格の罰は重いものを与えるからな」

そして、と鉄紺が大きく一息吸った。


 ざわり、と胸が騒いだ。鉄紺からの空気が急激に冷たくなっていくのを鳩羽は感じた。きっと聞きたくないことを言われるに違いない。

反射的に目を閉じてしまう。

「……これからは授業で死ぬ場合もあるから覚悟しろ」


発せられたのは、やはり、優しさも穏やかさも除いた冷酷な言葉だった。

しかし、鳩羽達以外は言われた言葉がのみこめず、鉄紺を見た。それに鉄紺は感情がこもっていない瞳で見返す。


「どう思ってこの学校に来たかは知らないが、術使は死と隣り合わせの軍人だ。そして、これからはそれを想定した授業を行うから、死人が出るのも当たり前だ。少し早いが、この組で既に一人死んでいる」


言われて皆が息を飲んだ。この教室に今いないのは――。


「連絡事項は以上だ。鳩羽と紅樺は紅緋が補習担当だ。二十時に実技室――入学式があった所――に行きなさい。以上だ」


鉄紺はそう言って日直に視線を遣る。しかし、まだ理解が追いつかない生徒は鉄紺の視線に気づかない。それは無理のないことだった。『死』は今まで身近にはなかったのだから。


「日直」

そう言われてやっと、日直当番の猩々緋≪しょうじょうひ≫は鉄紺と視線を交えた。


「……っ、起立…礼…」

どうにか猩々緋が号令をかけると、鉄紺は静かに教室を出ていった。



「死ぬの……?」

「嘘でしょ?」

「でも鉄紺先生、今まで見たことない顔してた……」

 俄かに教室が騒がしくなる。


「え、やだ! 何で? 術使ってそんなに危険なの!?」

「後方支援でしょ!?」

 何人かが慌てて教室を出て行った。それにつられて半分以上の生徒が逃げ出すように走っていく。

 どこに行くのだろう、どうしようもないのに。

鳩羽は他人事のように出て行く同級生を見つめていた。




 教室内に静けさが戻った時、がたり、と椅子を引く音が響いた。

「鳩羽と紅樺は二十時だろう? しっかり休んどけよ」

 他に残っている同級生には目もくれず、桔梗は二人にだけ笑いかけると鞄を持って教室を出て行く。


「……桔梗って個性が強いわね」

 暫くして紅樺がぽつりと呟く。無理矢理捻り出した言葉に、鳩羽は同じく無理矢理笑顔をつくって返事した。

「うん……」

「私達も部屋に戻りましょうか」

「うん……そうだね」

鳩羽はそれきり黙った。


 不安顔でこちらを見る同級生達にかける言葉がみつからず、二人はそのまま教室を後にした。




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