三十
結局、洞窟に入った麻組の生徒達が戻ってきたのは三時間後だった。
洞窟から出てくるだけ、と白橡は言ったのに皆の腕や足は怪我をしている。
「楽だったでしょ?」
白橡の問いに、生徒達は力なく首を横に振った。
鳩羽達が教室に戻ると、鉄紺が読んでいた本を閉じた。
「おかえり。その様子じゃ洞窟から出てくるだけでも大変だったみたいだな」
泥で汚れた服を見て、鉄紺が苦笑いをした。
「今日はこれから連絡事項を言ったら終わりだから、早く風呂に行きなさい」
鳩羽、紅樺、桔梗は椅子に腰かけるが、他の生徒はこの時ですらも座ることは許されない。立ったまま連絡事項を紙に書いていこうと前かがみになっている。
「これからの授業についてだが、今回の試験結果をうけて、この学年は思った以上に出来が悪いということが判明した。ついては、授業が今後厳しくなり、今回の試験についても再試験を行う」
その言葉に教室内がざわついた。鳩羽も紅樺と顔を見合わせる。
「桔梗は免除、鳩羽と紅樺は別途で格闘の補習がある。他の者は、今夜再試験を行う。内容は全く一緒だ……あぁ、試験内容がわかっている分、今回不合格の罰は重いものを与えるからな」
そして、と鉄紺が大きく一息吸った。
ざわり、と胸が騒いだ。鉄紺からの空気が急激に冷たくなっていくのを鳩羽は感じた。きっと聞きたくないことを言われるに違いない。
反射的に目を閉じてしまう。
「……これからは授業で死ぬ場合もあるから覚悟しろ」
発せられたのは、やはり、優しさも穏やかさも除いた冷酷な言葉だった。
しかし、鳩羽達以外は言われた言葉がのみこめず、鉄紺を見た。それに鉄紺は感情がこもっていない瞳で見返す。
「どう思ってこの学校に来たかは知らないが、術使は死と隣り合わせの軍人だ。そして、これからはそれを想定した授業を行うから、死人が出るのも当たり前だ。少し早いが、この組で既に一人死んでいる」
言われて皆が息を飲んだ。この教室に今いないのは――。
「連絡事項は以上だ。鳩羽と紅樺は紅緋が補習担当だ。二十時に実技室――入学式があった所――に行きなさい。以上だ」
鉄紺はそう言って日直に視線を遣る。しかし、まだ理解が追いつかない生徒は鉄紺の視線に気づかない。それは無理のないことだった。『死』は今まで身近にはなかったのだから。
「日直」
そう言われてやっと、日直当番の猩々緋≪しょうじょうひ≫は鉄紺と視線を交えた。
「……っ、起立…礼…」
どうにか猩々緋が号令をかけると、鉄紺は静かに教室を出ていった。
「死ぬの……?」
「嘘でしょ?」
「でも鉄紺先生、今まで見たことない顔してた……」
俄かに教室が騒がしくなる。
「え、やだ! 何で? 術使ってそんなに危険なの!?」
「後方支援でしょ!?」
何人かが慌てて教室を出て行った。それにつられて半分以上の生徒が逃げ出すように走っていく。
どこに行くのだろう、どうしようもないのに。
鳩羽は他人事のように出て行く同級生を見つめていた。
教室内に静けさが戻った時、がたり、と椅子を引く音が響いた。
「鳩羽と紅樺は二十時だろう? しっかり休んどけよ」
他に残っている同級生には目もくれず、桔梗は二人にだけ笑いかけると鞄を持って教室を出て行く。
「……桔梗って個性が強いわね」
暫くして紅樺がぽつりと呟く。無理矢理捻り出した言葉に、鳩羽は同じく無理矢理笑顔をつくって返事した。
「うん……」
「私達も部屋に戻りましょうか」
「うん……そうだね」
鳩羽はそれきり黙った。
不安顔でこちらを見る同級生達にかける言葉がみつからず、二人はそのまま教室を後にした。