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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
31/59

二十八

「起きたか、どうだ。具合は?」

 燭台に灯りがともされ、鳩羽は寝台の上から声のする方を見あげた。鳩羽の父親と代わらない年代であろう鉄紺が寝台の横に立っている。

「……せんせい」

 出てきた声には気力がない。弱々しく鉄紺の袖をきゅっと握ると、返事をするかのように鉄紺が鳩羽の頭をゆっくりと撫でた。

「白橡≪しろつるばみ≫から聞いた。傷は? 痛むか?」

「……はい、ちょっとズキズキします……」

 撫でられる心地よさに鳩羽は目を閉じた。

「そうか。治癒の術はもともと治る程度が不安定なもので、さらに術式を歪に描いているから完治には暫くかかるだろう」

 そう言われて、鳩羽は目を閉じたまま腰に手をそっと添えた。

「白橡先生が言ってました。今回の私の行動は本来なら任務放棄で重罪だって」

「そうだな」

「傷口を強く押さえられて……」

「白橡の言う通りだ。任務放棄は重い罰を受ける。が、術使は貴重な存在だ。罰を受けるのは術使ではなく――わかるな?残酷なことを言うが……」

鳩羽は目を開けて頷いた。その場合は家族が仕置きを受ける対象になるのだろう。想像すると心臓を鷲掴みされた気分になった。

「私がきちんとしていれば、家族は幸せに暮らすことができるんですよね?」

確認するように尋ねたが、鉄紺からは答えがない。

「先生?」

鳩羽は答えを求める。

「……そうだ」

「……わかりました。私、もう迷いません。怖いけど、でも――」

 鳩羽は目を開けた。ゆっくりと鉄紺を見た。

そして泣きそうな顔をして言った――「しかたがないですよね」と。


****


 次の日から鳩羽は授業に出ることにした。

 朝、いつもより早めに起きて廊下を歩き浴場へと向かった。洞窟に入ってからお風呂に入っていないので、ちょっと身体が臭う。幸いなことに朝早いためか誰ともすれ違わなかった。だが、浴場には先客が一人いるようだ。ぽつんと荷物が一つ置いてある。誰だろうと思いながらも鳩羽も服を脱いで浴場の扉を開けると、そこにいたのは紅樺だった。

「はとば…っ! 無事なのね!? よかった!」

 紅樺は駆け寄ってぎゅっと鳩羽を抱きしめた。

「うん。刺されちゃったけど……大丈夫だよ。紅樺は? 大丈夫?」

ゆっくりと問い返すと紅樺は首を横に振って「私も肩と足刺されて……怖かった!」とまたぎゅっと鳩羽に抱きついた。


「ごめんね、取り乱しちゃって」

 鳩羽は紅樺の隣に腰を降ろし、その言葉に「ううん」と返事をした。お互いに試験であったことを言うと、二人して似たようなものだった。紅樺も少し先に進んではみたが、何があるから動かない方がいいと判断した。それからあとは、同じように戦わされて、同じく刺された。

「よかった、私だけこんな怖い思いしたかと思った」と言われ、鳩羽は苦笑いした。それから話は他の同級生のことへと移った。

「試験を受けることができたのは私と鳩羽と桔梗だけ。他は皆駄目だったみたい」

桔梗なら難なくこなしそうだ、と皆思っていたから彼の名前が出たのは不思議ではなかった。それよりもう一人いた紫系統の同級生の名前が出なかったのが何故だか解らない。

「藤紫……さんは? 一番紫に近い色だって言われていたのに」

「あぁ、彼女ならここ数日見ていないわよ。具合でも悪くして試験受けることができなかったんじゃないかしら。それよりも教室の空気は今、本当に悪いから。私達以外はずっと立って授業受けないといけないのよ」

「立って? それも罰?」

「そうよ。でも一日立ちっぱなしだから、大変そうよ。午後になると皆足が震えているもの」

紅樺が真似をして、「こんな感じよ」と足を震わせる。

「皆、術使って思ったより過酷だって言ってた……それ聞いて笑っちゃいそうだったわよ。言ってたのは試験を受けることができなくて、罰だけ受けている同級生だもの。実際に試験受けたら、罰なんて可愛いものだわ」

 試験を受けることができなかった同級生達はわからないままなのだろうか。術使の主な仕事を。戦場だけでなく暗殺も、諜報も裏の仕事をしていくことを。

 今回の試験はそういう活動を想定しての試験だった。

情報収集できるか、気配に気づけるか、人を追いかけるぐらいの体力はついているか、何かをしながら周囲の状況をみることができるか、罠を回避できるか、敵と戦うことができるか、任務を果たすことができるか。

様々なことが、この試験には含まれていた。これは模擬試験だ。実際に術使になったら当たり前のようにこんなことをしていかないといけないのだろう。試験を受けた鳩羽は、『術使』の過酷さを垣間見た。

 紅樺はわかっているのだろうか。 気づいているのだろうか。

「紅樺は術使の仕事のこと……」

「なに?」

「どんなものか知っていた?」

紅樺は考えるように顎に手を当てた。鳩羽が聞いた内容を咀嚼するように繰り返して言った後、頷いた。

「知っていたつもりだったわ。でも、試験を受けて――正直、やっていける自信はないわ」

そして鳩羽の手を握った。

「以前、鳩羽が自信をなくしていたときはこれが理由ね?」

確認するかのような言い方だった。鳩羽は頷く。あの時、とは鳩羽が弱音をぽろりと言った時だ。

「ごめんね。きついことを言ったわ」

「ううん、そんなことないよ」

「ううん。本当にごめんなさい」

「やめてよ、ほら行こう。授業始まるよ」

「鳩羽は優しいのね。そうね、行きましょう」

手をぎゅっと繋いで二人は教室へと向かった。


 教室に一歩入るとそこは紅樺が言っていた通りだった。扉を開けると同時に視線が突き刺さるが、声をかけてくる同級生は一人もいない。「おはよう」と普段なら入ってすぐ声を掛け合うのだが、今日はとても静かだ。

 試験前に鳩羽の座っていた席には自分以外の同級生が座っている。どうなっているのかと、鳩羽は小さい声で前を歩いていた紅樺に声をかけた。

「鳩羽の席は一番前の右から二番目。私の隣よ」

紅樺が通常の声量で言うと、周りの視線が一気に集まった。

「席替え、成績順になったのよ」

視線を避けるように鳩羽は慌てて席に座った。

「おはよう」

「おはよ……う?」

 右側から声をかけられて、鳩羽は反射的に挨拶をしたもののその声の主を見て驚いた。

「どうした?」

「!? ううん、何でもない!」

それは今まで会話をしたことのない桔梗だった。

「紅樺も、おはよう」

「おはよう。鳩羽がびっくりしているじゃない、急に話しかけるから」

「ああ……悪い。嫌なら止めるが」

「あっ!ううん!びっくりしただけ、嫌なんかじゃないよ!」

そう言った声は静かな教室に思いのほか大きく響き渡った。驚いて口を押さえる。そんな鳩羽を見て「ならよかった」と桔梗は小さく笑った。

顔がもともと整っている桔梗が笑うと、一瞬にして皆を惹きつける。小さいどよめきが教室に起きた。

「桔梗くんが笑った……」

「今まで話しかけても無視だったのに……」

そんな声が聞こえてくる。桔梗はその声にはまるで反応を示さない。そのまま鳩羽に「試験、三位だったって?」と話しかける。その言葉に教室にまた小さいどよめきが起きた。

「そうよ。鳩羽はすごいんだから」

「何で紅樺が自慢する」

「そのうえ、優しいんだから」

「だから……あぁ、もういい。鳩羽が有能で性格がいいのはわかった」

 桔梗はそう言ってまた小さく笑った。またどよめきが起きたが、鉄紺が入ってきたことでそれは静まった。

「さ、朝礼をはじめるぞ」

 日直が挨拶、着席の号令をかけた後も、皆立ったままだ。紅樺から話は聞いていたものの得体のしれない罪悪感が鳩羽の胸にこみ上げる。鉄紺は何もないかのように朝礼を始め、桔梗も紅樺も表情一つ変えない。

居心地の悪さを感じながら、そのまま時間は進んでいった。

 昼になり、昼食の時間となった。普段ならぞろぞろと食堂に移動するが、鳩羽は不合格のために食べることはできない。紅樺もそうだし、試験を受けることができなかった同級生もそうだ。

 ただ一人、桔梗だけが席を立った。

「じゃあ後で」

鳩羽と紅樺に声をかけ扉を静かに開けて、桔梗だけが出て行った。




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