二十五
どれくらい泣いていたのか鳩羽は自分でも解らなかった。涙は止まり、頭も少し冷静になってきたから割りと長い時間泣いていたのだろう。相変わらず洞窟は静かで音一つしない。
怖くてしかたがなかったが、動かないのは逆に恐怖を倍増させるだけだった。
(ゆっくり進めば大丈夫)
自分にそう言い聞かせて、鳩羽は立ち上がった。
光の球は自分の周りを辛うじて照らしているだけ。数歩歩いて後ろを振り返れば、さっきまで自分がいた場所は真っ暗だ。その光景に鳩羽は息をのんだ。
洞窟に入ったことは今まで何度もある。両親に狩りを教えてもらった時や学校から家に帰るときの休憩に使ったりしていた。ただ、そんな時に使う洞窟はここまで深いものではなく、決して一人ではなかった。
(早く出たい)
思わず近くに出口がないか探してしまう。勿論あるわけはなく、落胆して溜め息をついた。
(でも……)
出口はなくとも抜け道はないだろうか。
真っ暗な後ろを振り返る。根拠はないが、通ることができる道がありそうな気がした。
(あったら助かるし、なかったら変わらず出口を目指して歩けばいいだけだし)
そう思って鳩羽は道を引き返し始めた。
洞窟の端に行き、背伸びをして手の届く限り、洞窟の上から下までを光の球で照らす。それが終わるともう片方の端へ行き、同じことを繰り返す。そうして随分な時間をかけて罠に引っ掛かった場所まで戻ったが、結局抜け道はなかった。時間をかけた分、失望は大きい。盛大なため息をつくと鳩羽はその場に座った。ごつごつした地面がお尻にあたって痛い。
「やだなぁ、もう」
夜中ということもあって、眠気がだんだんと襲ってきた。きっと今は夜中の二時か三時ぐらいだろう。普段こんなに起きていることはない。緊張もあってさっきまでは目が冴えていたが、限界がきたのだろう。
荷物袋の中から敷物を出した。ごろごろした石をできるだけ取り除き、地面に敷物を敷く。それを済ませると鳩羽は倒れこむように寝転がった。地面の近くは、ほんの僅かだが風が吹いていて寒いけれど、荷物袋を抱えていれば幾分かはいい。
寝るときに羽織ることができる布も持ってくればよかった。そう思って意識を夢の中へ沈ませようとして、鳩羽は目を開けた。
……風!?
鳩羽は勢いよく起きあがった。そして周りをきょろきょろと見たが、穴はなく、風も起きあがった今は感じない。
また寝そべってみる。そうするとまた風が吹く。
低い位置に外へ繋がっている穴があるかも!
一気に意識が浮上して、興奮状態のまま鳩羽は壁面の隙間を探した。目を細めて壁を凝視して掌で風がないか確認していく。そして見つけた。
その穴は短刀が入るか入らないかの小さな横に細い隙間だった。
ここを掘って外に出ることができるならば出たい。鳩羽は短刀を使って穴を広げていこうと、小さな穴に短刀を突き刺した。そして手前に掻き出すように手を動かす。だけど、思うように刀が動かない。力を入れると、近くの石に手を擦ってしまった。
「……っ、いたっ」
僅かに血が滲んだ。じんわりと痛んでくるが、そんなことより早く外に出たいと思った鳩羽はひたすら作業を繰り返した。全然先に掘り進めてないような気がするが、それでも続けた。
「だいたい、こんな試験あるのがおかしいんだ」 無言で一人この空間にいるのが辛くて、一人呟いた。
「なんでこんなことしなくちゃならないの。だいたい……」
言い始めると止まらない。次から次に出てくる文句を言いながら、穴を掘り続けた。
最初に感じた風もいつしか感じなくなった。それでも掘り続けた。
●●●●
「……もう、無理かな」
指先も痛くなって、血が滲んだ部分もズキズキと痛む。
掘り続ける手を止めて、持っていた小さな布で汚れた手を拭いた。それは、掘る作業を諦めた瞬間だった。
「無理だったなぁ……」
乾いた口にレータ水を流し込み、また寝転がって、目を瞑った。荷物袋を抱えて、背中を丸めて、今度こそ鳩羽は眠りについた。