二十三
次の日は想像していた通りだった。
女子達は鳩羽と紅樺をわかりやすく仲間外れにした。
「気になるのね。昨日も言ったけど大丈夫よ」
「うん……」
ずっと表情が暗い鳩羽を励ますために紅樺は何回か声をかけてくれた。しかし、鳩羽の気分は向上しない。三日そうやって過ごし、今日も気分は晴れないまま授業は終わってしまった。
紅樺とも話す気分でもなく、けれども運動場に一緒に向かった。今日も走ることにはなっていたが、気が向かない。しかし、走らなければと思ってしまう。自然と足は鈍い。
「しっかりしなさいよ。あんな子達に気分を害されて言いなりの様に落ち込むの?」
「うん……」
「しっかりしなさいよ!」
大きな声に鳩羽はびくりとした。鳩羽の落ち込みように比例して紅樺は苛立ちを増していて、それが沸点に到達したらしい。
「鳩羽は何のためにここにいるの!?あんなのに勝手に振り回されていいの?私は嫌よ!一人で勝手に落ち込んでなさいよ!」
まくしたてると、紅樺は一人走り出した。
鳩羽は下を向いて、先程言われた言葉を頭の中で反芻した。あの女の子達に何か自分達が悪いことをしたかもしれない。でも、理由もわからずウジウジしていた自分に紅樺は呆れて怒った。あの女子達のために、紅樺という大事な友達を失いたくない。
鳩羽は走り、紅樺に追いついた。紅樺は気付いてくれたが怒っているのを示すように、わざとそっぽを向いたまま走り続ける。
「ごめん、紅樺」
そう言っても、彼女はこちらを見ようとはしない。
「……あのね、今日は外を走ってみない?」
くじけそうな心を奮い立たせ、もう一度声を掛けてみた。すると、紅樺は少し速度を落として、鳩羽の方を見た。
「外?」
声は硬かったものの返事をしてくれたことに安堵した鳩羽は、走る速度を少し落としてみる。
紅樺はそれに合わせてくれて、やがて二人は歩き出した。
「うん、外出届っていうのを書けば、外に出てもいいんだって」
「へぇ、知らなかったわ」
「私もこの間、紅緋先生にレータ水つくるときに初めて聞いたんだ。『聞かれなかったから教えてない』って言ってた」
「そう」
「うん、レータ水も今日一緒に作ろう?」
だから、と鳩羽は思いをこめて紅樺の服の裾を握る。
「……怒ってないわよ」
紅樺は鳩羽の手を握る。
「私こそごめん。あんな身勝手な女子達に沈む鳩羽に腹が立っちゃって」
「ううん、私こそごめん」
二人は笑い合った。より仲良くなった気がする、と思ったのは鳩羽だけではなかったようで、顔を綻ばせながら、手を握ったまま教員室へと向かった。
今までの憂鬱な気分はどこかへ行き、ただ紅樺と友達になれてよかったという思いが今は溢れている。
「これからも仲良くしてね」
「なに当たり前なこと言ってるの」
照れ隠しにぶっきらぼうに言う紅樺をみて、鳩羽は更に顔を綻ばせた。
教員室にいた紅緋に外出申請を渡し、レータ水をつくりに行くことを言うと、火の術式の使用の許可を告げられ、麻袋を渡された。貸し出しではなく、貰っていいとの言葉に紅樺と二人礼を言うと紅緋に「あんた達は運がいいわね」と言われ、首を傾げつつも門の外に出た。
「狭い島かと思ってたけど、意外に広そうね」
「うん、私もそう思った。今日は山に行っていい?レータ水をつくる材料にレータ草っていうのが必要で、その材料が山にあるんだ」
「わかったわ。じゃあ先導を宜しくね」
頷くと鳩羽は走り出した。この三日間を振り切るように、いつもより速い速度で山を登っていく。紅樺はその後を無言てついて走っていく。この沈黙が心地よかった。
あっという間にレータ草がある小川まで辿り着いた。少しわかりにくい場所だったが、覚えていてよかったと鳩羽は草に触った。
「毒がありそうな葉っぱね」
レータ草をちぎって、麻袋に入れて、術式を発動させる。少し熱かったが成功した。
「火の術式までできるの?凄いわね」
「うん、なんかね……聞いたら教えてくれた」
「あぁ、そういう教育方針って言ってたわよね……私も聞きに行くようにするわ」
紅樺は火の術式はまだ発動したことがないと言ったので、鳩羽が代わりにレータ水を完成させた。
二人でレータ水を飲みながら、帰りは歩いた。走っているときには気づかない小さな洞窟や、食べることができる野草などを見つけながら学校に辿り着いたときにはもう日が暮れ始めたころだった。
半分ほど余ったレータ水が入った水筒を持ったまま帰ったことを伝えに教員室へと入ると、鉄紺以外は誰もいなかった。
「どうした?」
鉄紺は穏やかに二人を迎え入れる。外出申請を出していたことを伝えると「わかった」と微笑んだ。そして、二人が持っていた水筒に目を遣る。
「レータ水、つくったんです」
「そうか、中はまだ入ってるのか?」
「はい、半分ほど」
「そうか……レータ水は疲労回復にもいい。持ち歩くようにしておきなさい。あと、ほら頑張った二人にあげよう」
そう言って差し出された小さな紙包に入っていたのは星飴だ。紅樺は目をきらきらと輝かせている。
「レータと一緒にいつでも持ち歩くようにしなさい。教室にも体力作りの授業にも持って行っていい」
「いいんですか?」
「ああ、学んだ者の特権だ。今夜も近くに置いて寝なさい……頑張れよ」
少し砕けた口調に優しく微笑まれ、二人は見惚れた。ふわふわした心地でお礼を言って教員室から出た。
「あの最後の特別感を感じさせるような砕けた口調といつもより優しい笑顔。いいわね」
「紅樺ってば」
笑いながら鳩羽は鉄紺の言葉を思い出していた。何かが喉で引っかかっている。
横で何かを紅樺が言っているが、引っかかっているものが気になって返事をしなかった。紅樺も流石にそれには気づき、「どうしたの?」と言う。
「上手く言えないんだけど、気になっちゃって」
「何が?」
「う~ん」
首をさらに傾げる鳩羽に紅樺は笑った。
「そんなに首を曲げないで。明後日が試験なのに大丈夫?」
「それ!」
鳩羽は思わず大きな声を出した。引っかかりがとれてすっきりした。
でも推測にすぎない。どうしようかと鳩羽が躊躇っていると紅樺がコツン、と鳩羽の頭をついた。
「早く言いなさいよ」
「ごめん、あのね推測なんだけど。試験、多分今日の夜だと思う」
「え?日程じゃ明後日でしょ」
「そうなんだけど、紅緋先生は『運がいい』って言ってたし、鉄紺先生は『レータを側に置いておけ』って言ってたし……試験内容は実技って入学した時に確か言ってたから……」
最初は何言ってるのと呆れたように聞いていた紅樺だったが、その顔が段々と真剣なものになる。
「用心するに越したことはないわね……」
「レータを持っておけってことは生存術関係じゃないかな」
「そうね……念のため動きやすい格好とか準備しておいた方がいいかも」
「短剣とかもあると便利だと思う」
その言葉に紅樺は首を傾げた。
「私達、まだ術式は全然できないからもし野営の試験とかだったら……」
「確かに野営に関する授業は何回かあったわね……。短剣は持ってる?私は持ってないわ」
「私も」
「教員室で貸してくれないかしら」
「どうだろう……」
悩んだ末に二人は教員室へと再び行くことにした。駄目だったら仕方ないし、試験のことは杞憂なのかもしれない。
教員室は先程と同じく鉄紺だけだった。「どうした?」と尋ねる優しい声に意を決して、二人は短剣のことを頼んだ。
「貸せるが何に使うんだ?」
鉄紺が鍵のついた引き出しを開けると、中には短剣が無造作に置かれていた。そのうちの二つを取り出して、鳩羽と紅樺に渡す。
「え、あの……」
試験があると思って――そう言っていいのだろうかと鳩羽は紅樺と顔を見合わせた。紅樺は首を横に振る。
「山に行くときに草をわけていくのが大変なので、切っておきたいんです」
紅樺がすらすらと嘘を言うと、鉄紺は急に紅樺の頭を撫でた。
「そうだな。それでいい」
頬を赤く染める紅樺に、もやっとしたものを一瞬感じながらも、鳩羽は鉄紺を見た。
「今日の夜は特にしっかり食べて早く眠りなさい」
「「……はい」」
鳩羽の推理が当たりだと確信できた台詞だった。