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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
25/59

二十二

 次の日、また外出届を書いて、鳩羽は紅緋と学校から出ていた。

どれくらい歩いただろうか、前を歩く紅緋の足が止まったので鳩羽も足を止めた。


 目の前に広がったのは、木々に囲まれた中、太陽の光を反射している湖。その綺麗な光景に鳩羽は言葉を忘れた。


「ここなら火力を間違えても安心できるでしょう?」


 傍に湖があっても木々に火が燃え移れば関係はないのだが、視覚的には安心できるだろうと紅緋はここを今日の指導場所に選んだ。思った通り、鳩羽は顔を綻ばせる。目はまだ湖を見続けている。


「ほら、早速始めるわよ。あの木を目標に定めて」


「よろしくお願いします」


 鳩羽はやっと湖から目を離した。意識を切り替えて、深呼吸をして基本円を描き始める。

最初は慎重になりすぎて、昨日みたいに基本円が描いている途中で消えていった。


「遅い。もう少し早く描いてみて」


「はい」


紅緋に言われ、次は速さを重視して術式を描いてみた。すると――


ボッ


一瞬だけ火が木に付いた。瞬きをする間もなくその火はすぐ消えてしまう。術式が歪んでいたらしい。


「もう一回。今日はできるまで止めないからね」


 昨日紅緋が止めさせたのは身体に負担がかかるというよりも、緊張していた鳩羽に紅緋が気を利かせてくれたのだろう。


「うん、さっきよりいいわ。慣れてきたら円の形を意識して」


 指導を受けること十回。やっと火の術式を発動できるようになった。

爆発をおこしもしなかったし、ついた火は紅緋がすぐ消してくれたので火事も起きなかった。考えていたより怖くない、と鳩羽は火の術式を使うことに抵抗を感じなくなった。それから慣れるまで火の術式を発動させる。


「うん、大丈夫ね」


 一時間もしないうちに紅緋に合格を言い渡された鳩羽は、折角なのでと水の術式も練習させてもらうことにした。

 火よりも使うのに抵抗がなかった術式は二回で発動できた。


「うん、いいわね。あとは練習して精度を上げなさい。同時に二種類発動できるようになれば言うことはないわ」


「ありがとうございました」


 学校へ戻り、五時ごろに寮の前で紅緋と別れるとちょうど紅樺が汗を拭いながら歩いてきた。走っていたのだろう、頬も上気している。ただ、一人でいることからどうやら蜜柑は今日も走るのを早々に止めたようだ。苦笑して鳩羽が手を振ると紅樺は小走りに走ってきた。


「お疲れさま」


「お疲れさま。蜜柑は?」


「走るの止めるって。『皆なにもしてないみたいだし、大丈夫みたい〜』って言ってたわ」


蜜柑のものまねをしながら言う紅樺に笑い、鳩羽は彼女をお風呂へと誘った。蜜柑も誘いに行こうとすると「蜜柑なんかいいわよ」と言った。


「でも……」という鳩羽に「今日は他の女子と一緒にいるって言ってたし」と紅樺は言った。そういうことならと鳩羽は「わかった」と頷いた。仕方ない、そう解っていても寂しさが表情に出たのか、鳩羽の肩を紅樺が軽く叩いた。


「私だけじゃ不満?」


「!!そんなことないよ!行こう!」


「そんなに大声で言わなくていいわよ。じゃあ行きましょ」


 紅樺に手をぎゅっと握られ、鳩羽は笑顔を返して一緒に歩き出した。

 その様子を離れた場所から、蜜柑と、一緒に話していた女の子たちが見ていた。

鳩羽と紅樺からはちょうど見えない場所に座っていたのだ。

二人の言動はいつものことだし今日断ったのは自分だと蜜柑は気にもしなかったが、他の同級生達は違った。


「ねぇ、私達と一緒にお風呂に行かない?」

「そうしようよ。ご飯も一緒に食べよう」


「うん、行く~」


 能天気に返事をした蜜柑は長椅子から立ち上がり、浴場へ向かった。ちょうど混み合っている時間で、隅っこに鳩羽を見つける。


「あ、蜜柑」


「鳩羽ちゃん。お疲れさ「蜜柑、あっちに行こうよ」」


 蜜柑はそのまま腕を引っ張られて、鳩羽から離された。不思議に思った蜜柑だが、「ま、いっか」とそのまま手を引っ張った女子と着替え始めた。


「……」


 残された鳩羽は一瞬、何が起こったのか把握できなかった。

状況を理解すると頭を振った。表情を曇らせて、取り敢えず中で待っている紅樺の元へと足をゆっくり進める。


「遅いわよ……って、どうしたの?」


 紅樺は鳩羽の表情にすぐ気づいた。小声で尋ねてきたので、鳩羽も周りを見て小声で今あったことを話した。


「……ったく」


言い終わると同時に紅樺が舌打ちをした。呆気にとられた鳩羽に紅樺は「あら、失礼」と肩を竦めて笑った。


「ほうっておきなさい。何かしようとすると余計大変な目にあうから。ここではないけど、似たようなことはよくあったからわかるの」


「経験済みなの?」


「そうよ。反応するのも駄目。相手がつけあがるから。ほうっておけばそのうち向こうから方向転換してくるわ」


「わかった」


そう言いつつも、胸の中を渦巻く感情は上手に処理できない。唇を噛み締め、鳩羽は頭からお湯を被った。




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