二十一
「レータの材料は野草。黄緑のぎざぎざした葉が特徴」
「はい」
がさがさと薄暗い中を進んで、紅緋が足を止めたのは小川の近くだった。指し示した先には触ると少し痛そうな草が生い茂っている。
「毒を持ってそうに見えるけど安全だから、そのままちぎんなさい」
「はい」
「それから更に細かく手で千切って」
千切ると麻の袋が渡された。その中に入れろということらしい。
「次は川の水を水筒に入れる」
そしてその中に千切ったレータ草を全部入れた。
「で、術式で一瞬沸騰させる」
紅緋は赤い軌跡の術式を展開させ、火を作り出すと水筒をその中に投げ込んだ。
「火力調整を誤ると火傷したりするから、自分で加減を見つけて」
地面に転がった水筒を手に取り自分が一口飲んでから紅緋は鳩羽に渡した。
「美味しい……。ありがとうございます」
すっきりした味にほっと一息つくと、鳩羽は持ってきていた帳面に今教わったことを書いていく。
「火力の術式はまだ危ないから、使うときは誰かに言いなさい」
「はい」
「簡単な術式だけど、山を燃やすこともできるから」
ぴくり、と鳩羽の鉛筆を持つ手が止まった。でも、紅緋は気づかない振りをした。鳩羽もすぐに鉛筆を動かし始める。
「加減を間違った時にすぐ対処できるように水の術式も教えとくから」
「ありがとうございます」
明らかに安堵した鳩羽に紅緋は眉を寄せた。
「頑張んなさいよ」
「……はい」
こくりと鳩羽は頷いて、一回火の術式を発動させてみたいと言った。了承を告げると鳩羽は恐る恐る術式を描く。
「ほら、躊躇わない。完成する前に基本円が消えてる」
顎で示すと円は端からうっすらと消えて空気に溶けていった。
三回失敗すると、紅緋は発動を中止させた。まだ術式の発動自体に慣れていないから身体に負荷がかかりやすいからと。
「緊張してるだろうから、今日は止めときなさい」
不安そうにする鳩羽に紅緋は明日指導することを約束して、二人は学校へと戻った。
「ありがとうございました」
「ん、じゃあ明日授業終わったらそのまま行くわよ」
「はい、お願いします」
寮の入口まで送ってもらい、鳩羽は交流所にもなっているそこに足を踏み入れる。すると、後ろから肩をぽんと叩かれた。
「おかえり。それつくったレータ水?」
「あ、紅樺。うん、って言っても紅緋先生が作ったんだけど。飲む?」
そう言うと紅樺は近くの椅子に座ってこくりとレータ水を飲んだ。
「なに?それ」
近くにいた同じ組の女子が質問する。鳩羽ではなく紅樺に聞いているようで、彼女は鳩羽をちらりと見ただけで視線をすぐに紅樺へと戻した。
「レータ水っていう飲み物よ。飲む?」
「いらない。そんな薄汚れた袋に入ってて大丈夫なの?止めたら?」
汚いものを見るかのように少女は鳩羽を見る。それを睨み返したのは鳩羽本人ではなく紅樺だった。
「これ、紅緋先生のよ。言葉には気をつけたら?」
紅樺がそう言うとその生徒は驚いて「あっ……じゃあ汚いんじゃなくて使い込まれているのね。私部屋に戻らないと……」と、慌てて立ち去った。その後姿を見て紅樺は「やあね、あんな子」としかめっ面をする。
「水筒を知らないなんてきっと箱入り貴族だわ」
入学してもうすぐ四ヶ月。消極的な人付き合いしかしていない鳩羽は浮いていた。ほぼ先生達と紅樺、蜜柑としか会話をしておらず、他の同級生とは距離をおいていた。それが取り澄ましていると思われ、先程のような態度を受けることもたまにあった。
「ありがとう」
嫌な気分にはなる。しかし、態度を改めようとは思わなかった。自分が悪いのだが、これからを考えての自己防衛なのだ。
「明日の放課後、これの作り方教えてくれる?」
「あ、ごめん。明日は紅緋先生と用事があるんだ。後で紙に書いて渡すね」
「そこまでしてくれなくていいわ。じゃあ、明日は一緒に走れないのね」
「うん、ごめんね」
「いいわよ、蜜柑に付き合ってもらうし。もう少ししたらご飯に行こうと思ってるけど一緒にどう?」
「うん、急いでお風呂入ってくるね」
「わかった、ここで待ってるわ」
鳩羽は走って部屋へ着替えを取りに向かった。