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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
22/59

十九

「術式は円を基本―基本円という―として、その中に模様を描くことで成立していく」


始まった術式の授業は今まで何も教えていなかった鉄紺が担当をしている。静かに響き渡る声に生徒達は皆耳を傾け、自分なりに覚え書きをしていた。


「模様にも法則があり、例えば円。基本円の中に更に円を重ねると明かりの術になる」


鉄紺が言いながら明かりの術式を描いていく。術式を描き終えると同時に、光の球が浮き上がった。その球は昼間の今は朧気だ。


「ああ、ちょっと待ちなさい」


そう言って鉄紺は教卓近くのカーテンを閉めた。すると綺麗な球体がはっきりと見えるようになる。


その球体を消すと鉄紺は一旦カーテンを開ける。


「術式を上手く発動させるには時間と形が重要になる。例えばゆっくりと描いていけば、その間に最初のほうに描いた術式は消えていく。消えてしまえば術式は欠けて成り立たなくなる」


そう言って鉄紺はゆっくりと明かりの術式を描いていく。言った通り、模様を描いている間に基本円が消えていく。そして、模様が出来上がっても術は発動しなかった。


「慣れれば気のこめ方が調節できるようになり、ゆっくり描いても術は発動できるようになるが、今は描く速さは重要だと認識しておいた方がいい」


続いて描き出したのは形が歪んだ基本円。


「形は威力や持続力にも関係してくる。形が悪い基本円や模様を描けば、例えば明かりの術だと――」

カーテンをまた閉めて、生徒達に見せたのは先程見せた光より大分弱い光。


「気の練り方でも威力の差は出るが、形も重要だ。だから、術使には素早く安定した術式を描くことが求められる」


ということは術使には集中力が必要で、逆に相手の集中を乱せば術の発動を止めることができるということか。


(集中を乱す……驚かす、とか?)

首を傾げながらとりあえず忘れないようにそのことを記帳した。



放課後、暫くしてから鳩羽は教員室に向かった。


「あら、鳩羽ちゃん」


何でも質問していいと鉄紺本人から言われたため、鳩羽はたまに教員室を訪れていて、いつの間にか他の教師にも名前を覚えられていた。


「鳩羽か。入りなさい」


「失礼します」


鉄紺は休憩していたようで、傷がたくさん入っている木製の机の上にはお茶と星飴が置いてある。飴に視線を遣ると鉄紺は優しく笑って「食べなさい」と椅子と星飴を勧めた。


「ありがとうございます」


椅子に座ると目の前に星飴が出される。ぽり、と一つ摘まむと甘い味が口の中に広がった。


「何か質問があるのか?」


「あ、はい」


術式の集中力について問えば、鉄紺は穏やかに笑ったが、その笑みには鳩羽が気づかないぐらいの陰があった。


「そうだ。術の発動を阻害するには集中力を乱すのが一番手っ取り早い」


「その、止めるにはどうする方法が一番いいんですか?」


「相手より先に攻撃術式を発動させる、小刀を投げる…色々あるが相手に怪我をさせることが一番早い。人は痛みには弱いからだ」


「……そう、ですか…」


「それ以外にも、例えば――相手が何の術を発動させるのか先に特定して、それを防ぐ術式を先に描く――という手もある。他にも相手の情報がわかっていれば弱点を使う。蛇が苦手、色仕掛けに弱い、挑発にのりやすい、様々だな。方法は時と相手によって変えればいい」


「はい」


良かった、と鳩羽は息を吐いた。どうやら術使になっても戦いを最小限で済ます方法があるようだ。相手の情報がないときもあるだろうから、戦いは防御に徹するようにしよう。


そうすれば長期戦になるだろう。長い戦いは体力を消耗する。疲れきった相手に眠りの術式を放てばいい。


体力作り、術式の種類の勉強、眠りの術式を速く描けるようにすること。


当面の鳩羽の課題がでてきた。


「ありがとうございました!」


安心して出ていった鳩羽を鉄紺は眩しそうに見て、溜め息をついた。


そんなにうまくいくわけがないのに。

 術の発動を止めさせるには術使に怪我をさせることが一番いいと言ったときの鳩羽の表情。それがあまりにも可哀想でつい、余計なことを言ってしまった。相手が発動しようとしている術を即座に判断し、それを防ごうとすることは確かに必要だ。ただ、それでは終わらない。

いかに速く反撃に転じるか、それが一番の問題だ。


人は生きることに貪欲な人ほど防御ではなく攻撃に傾きやすい。そしてそういう人が生き残る。鳩羽が防御に徹することはすぐなくなるだろう。防御だけでは生き残ることができないから。


「実技試験まで二月半か……」


●●●●




鳩羽が自室へ戻ろうと寮の建物に入った時、一人の教師と出くわした。


「ああ、ちょうど皆に届いた手紙を配っていたの。はい、貴女の分」


手渡された黄ばんだ封筒。宛名は白い紙を貼られて見えないように消されていた。その上から知らない人の筆跡で『鳩羽』と書かれている。


「ありがとうございます!」


きっと家族からだ!

お礼を言って手紙を受け取ると、鳩羽は走って部屋へと戻った。



真白は部屋に入るとすぐ封筒を開いて手紙を取り出した。そこには見慣れた筆跡で一枚の紙にびっしりと文章が書かれている。母の字だ。


『真白へ


元気にしてる?こちらは皆元気だけど、貴女がいなくて家の中がちょっと静か。学校はどう?術使校って本当に凄いところみたいね。貴女が術使校に行っていると麓の村に噂が広まって、それを聞いた高名なお医者様が白苑はくえんを診てくださることになったの。

ありがとう、真白。

学校に行けた貴女を、夜な夜な勉強をして努力していた貴女を、私達はとても誇らしく思うわ。

そして、ごめんね。

私達のために頑張らせてしまって。優しい真白だから、お父さんとお母さんのためにと術使校を選んだんでしょ?

学校は楽しい?貴女が自分の為ではなく私達の為に選んだ学校が、真白にとって楽しいものだといいんだけれど……もし、合わなかったり嫌なことがあったらすぐ帰ってきなさい。大丈夫なら学校生活を楽しんで。

貴女に三年も会えないのは寂しいけれど三年後、成長した真白に会うのを楽しみにお母さん達も頑張るね。次は半年後、必ず手紙を送るわ。にしても半年先って長いわね。なんで半年に一回なのかしら。あ、知ってるかしら。手紙は半年に一回だけ。便箋一枚しか駄目だって。今回は最初だから早目に手紙を送っていいって言われたの。厳しいわよね?今回はくじで私が手紙を書く権利とったの。次はお父さんか白苑が書くわね。

じゃあまた半年後に。


母より』




 書かれた手紙を鳩羽は何回も何回も読み返した。くじで外れた父と兄からも一言ずつ書かれており、鳩羽は目を潤ます。


「……私、頑張るから」


 鳩羽は満足いくまで読み返した後、手紙を机の上に置いた。見える場所に置いておけば、勉強が捗る気がする。


「よしっ、勉強しようっと」


鉛筆と帳面を取り出して、鳩羽は黙々と勉強を始めた。




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