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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
21/59

十八

「あの、先日の補習をお願いしたいんですけど……」


「……ああ。じゃあ、今日補習をするか」


「はい、お願いします」


体調も元に戻り、数日経った。補習をしようかと風邪を引いた時に鉄紺は言ってくれたものの、それからその話がされることはなかったため、鳩羽は思いきって朝礼前に教員室を訪れ、頼んでみた。

すると鉄紺は優しく微笑んで早速してくれると言う。

教室は談笑をしたりする他の生徒がいるから、と図書館の小部屋で補習をすることになった。


 放課後、小部屋に行くと前に来たときにはなかった小さい卓袱台が用意されていた。補習の為に準備してくれていたのだろう。

既に来ていた鉄紺に促されて鳩羽は座り、帳面と筆記用具を広げる。卓袱台はそれだけで半分以上埋まってしまい、残った僅かな空間に鉄紺はお茶と星飴を用意した。


「甘いものを食べると集中できるから、時々食べなさい」


「ありがとうございます」


鉄紺も向かいに座り、そうして二人だけの授業が始まった。



「……で、腹をくだした。見比べると解るが少し色が濃い方が毒草だ。ここまでは大丈夫か?」


「はい」


「じゃあ、一旦休憩しよう」


そう言って、鉄紺はお茶を一気に飲み干した。ずっと喋り続けていたので喉が渇くのは当たり前だ。それに気づけなくて申し訳ないと思いつつ、鳩羽も注がれていたお茶に口を付けた。


「そういえば来週から、術式の構造の授業が入るな」


少し姿勢を崩した鉄紺の様子に鳩羽は緊張を緩めたが、姿勢は崩さないまま頷く。


「他の授業も大事だが、この授業が一番大事だ。復習は必ずしなさい。森や裏手の山で術式を発動させて覚えておいた方がいい」


「発動していいんですか?」


「ああ、最初のうちは効果が小さいものから教えていく筈だから大丈夫だ。大きい術式は教師の立ち合いが必要だが当分平気だ。構造は来週からだが、授業で実習・実践するのはまだ先だから自習でしておかないと忘れるぞ」


「解りました……あの、発動の練習するので……できてるか、時々時間あるときに見てもらってもいいですか?……あ、駄目なら……」


段々小さくなっていく鳩羽の言葉に、鉄紺は微笑みつつ安心させるようにゆっくりと頷いた。


「ああ、大丈夫だ。言ってくれたらいつでも見よう。その為の教師だ。頼まれたら断りはしない。積極的にお願いしたり質問もした方がいい」


そう言われて鳩羽は思い出した。『求めれば与えられる環境。ただし、何もしなければ何も得られない環境』と暗に言われたことを。


補習のことを提案してくれたのも、きっと自分が新入生だから親切に言ってくれていたのだろう。その後、自ら頼みに行かなければ、補習はきっとなかった。それと同じように自習のことも。


「ありがとうございます。お願いします。あと、発動の練習をする際、何かしていた方がいいこととかありますか?」


そう言うと、鉄紺は口角をあげた。鳩羽の言葉に満足したようだ。


「術式を両手で発動出来るように先に練習しておいた方がいい。両手で同時に違う術式を描くことができれば尚更いいが」


成程、と鳩羽は頷いた。多分、両手で術式を描くことは基礎なんだろう。しかし、そうできるようになるまでは練習が大分必要な筈だ。

利き手じゃない方の手は明らかに動きが鈍い。両手に鉛筆を持って、同時に字を書けるかと言われればできないことと一緒だ。利き手じゃない方の字はいびつになることだろう。

綺麗に描けていない術式からはきっと術は発動しない。


「ありがとうございます。早速今日から練習してみます」


「ああ、そうしなさい」


試しに帳面に両手で字を書いてみれば明らかに左手の方が遅く、出来映えも悪い。その下手な字を覗き見て、鉄紺は穏やかに笑った。


「頑張りなさい」


「……はい」


 夜。鳩羽の帳面には歪んだ字と綺麗な字が対照的にずらりと書かれていた。

下の方に行けば行くほど、段々歪んだ字は綺麗になっていってはいるが、それでもまだ汚い。


「難しい……。字より術式の方が慣れるの早いかな」


両手の人指し指を使い空中で字を書いてみると、そっちの方が鉛筆で字を書くより速く綺麗に書けている気がする。字をひたすら書くのにも飽きていた鳩羽は背伸びをして、首を鳴らした。


(そういえば交流場に簡単な術式の本があったよね……)

ちょっと出来るかしてみよう、と鳩羽は寝間着から地味な服に着替え、肩かけを羽織るとそっと階下へと向かった。


夜だからか、交流場には人は少ない。だが、誰もいないと言うわけではなくちらほらと上級生がいた。鳩羽は目立たないようそっと目当ての本を取り、近くにいて一番聞きやすそうな上級生に勇気を出して声をかけてみる。


「本?きちんと返すならいいと思うわよ」


あっさりと持ち出しを肯定されてほっとした鳩羽に、育ちが良さそうな上級生は「練習?今日は少し寒かったから風邪引かないようにね」と言ってくれた。

お礼を述べて、外に出れば確かに肌寒い。先日の二の舞にならないようにしないと、と鳩羽は夜の森へ向かった。


 星を見に来た所まで辿り着くと、小さな岩に本を置いて読みだした。暗くて少し読みにくいが、どうにか数頁を読んで一番威力がなさそうなものを選んだ。


「えっと、まず気を練らないと」


集中して、指先にほんのりと熱を集める。一月以上ぶりだったが、指先に鳩羽色が無事表れて鳩羽はほっとした。そのまま小さく術式を描いてみる

すると小さな光の球体が現れた。


「できた……」


初めて描いた術式。

暗闇を照らす暖かな光をどう表現すればいいのか。単に光と言えば光だが、鳩羽にはすごく特別なもののように思えた。

柔らかくて優しい光に、思わず満面の笑みがこぼれしまう。


(私がはじめて生み出した術)

 嬉しさのあまり、術を発動させた手を降ろしてまじまじと見つめた。術式が消えてしまったため、すぐに光はすうっと消えてしまう。


「ああっ……」


どうやらこの光の術は描いた術式の終点で姿勢を保ってないといけないようだ。

手を降ろすんじゃなかったという後悔を盛大にしつつ、鳩羽は同じ術式を今度は左手で描いてみる。


またもや光の球体が現れた。多少光具合が鈍いような気がする。やっぱり利き手じゃないからかな、と今度はすぐ手を降ろした。そして両手で描いてみる。


「……できた」


どうやら推測は正しかったようだ。鉛筆で書くよりこちらの方がしやすいらしい。

目の前でふわふわと浮かぶ二個の光の球。


「……ありがとう」


暫く堪能した後、生物ではない光に礼を言って鳩羽は腕を降ろした。それからはっとしたように身震いをする。どうやら風が吹き出してきたようだ。鳩羽は風邪を引かないように、本を取るとすぐに寮へと走って戻って行った。




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