十七
朝、「今日まで休んだら?」と言われたが鳩羽は授業に出ることにした。
毎日多くのことを教えてくれる授業は、休んだらその分を取り戻すために余計勉強をしなければいけない。鳩羽は科目を問わず、できるだけ学んだことは吸収しようとしていたから尚更だ。
授業中は熱心に覚え書きをして、授業が終わった後は毎日の様に図書館へと行っている。そして夜は部屋で勉強。好きではない勉強の時間に一日の殆どを費やしているのに、これ以上その時間を増やしたくはなかった。
「おはよう、鳩羽。具合大丈夫?」
「おはよ〜。熱は?下がった?」
教室に入ると紅樺と蜜柑が鳩羽に気づいてやって来た。
「おはよう。心配してくれてありがとう、大分良くなった」
それを聞いた二人は肩を撫で下ろす。その様子に、本当に心配してくれたんだと鳩羽は嬉しさを感じる。
鳩羽はこの二人以外にはあまり自分から話しかけない。術使の仕事上、いつかは敵として向かい合うかもしれない同級生に深入りしたくなかった。本当はこの二人とも距離を置いた方がいいのだが、甘えん坊な彼女にそれはできない。二人ぐらいなら偶然敵として会う確率は低いだろうと自分を納得させ、一緒に行動している。
「自己管理はしっかりしないと。暖かいこの時季に風邪を引くなんてだらしないわよ。弛んでるわ」
「あのね〜、きついこと言ってるけど、紅樺ちゃんは昨日ずっと『鳩羽は大丈夫かしら』って言ってたんだよ〜」
「え?私きついこと言ってる?ごめん」
「ううん、心配してくれてたって解ってるから…ありがとう紅樺」
紅樺の言葉が強いのは最初からだったし、だらしないのは事実だから鳩羽は首を横に振った。それにほっとしたように紅樺は笑った。
彼女も鳩羽と同じく他の人とあまり話さない。紅樺の場合は言葉がきついので少し話すと相手が離れていくのだ。だから、大体他の同級生と話すときは緩和剤として蜜柑が一緒にいる。そうすれば談笑が長く続く。
「えへへ〜、今日からまた三人だね。ご飯が楽しみ〜」
蜜柑は三人の中では一番社交的だ。他の同級生ともよく話をしている。ただ、行動は他の人とはしない。彼女は他人をあまり気にせず話や行動をするので、長く一緒にいると一緒にいる相手が段々と疲れて離れていくのだ。
「二人はそんなことないみたいだから嬉しい」と笑っていた蜜柑に鳩羽と紅樺で抱きついたのはここ最近の出来事。
三人ともこの三人一緒にいることが、一番楽なのだ。
友達の有り難みを感じながら和気藹々と話していると、鉄紺と生存術の教師が入って来た。
「授業を始めるぞい」
生存術の担当は白髪の老人で、年齢を重ねているだけに経験話も豊富だ。
「さて、今日は山で遭難した場合の話じゃ。まず、気をつけなければいけないのは天気じゃ。雨や雪の場合、近くに凌げる場所を見つけたならばそこに入り動くでない。天気が良くても体力の温存を第一に考えなければならない」
助けが来るまでなるべく動かないこと。
鳩羽の家がある雪深く積もる山ではたまに住んでいる者が行方不明になることもある。特に子供と老人が多い。それを少しでも防ぐため、大人から子供へ何度も言われる教訓だ。
「非常食を持っていなければ、周りにあるものを食べなされ。ただし、雪は食べてはいかん。冷たい物は体温を下げ、体力を奪う」
鳩羽達、山の住人も非常食は必ず持ち歩いていた。家々によって携帯するものは違い、鳩羽の家はべっこう飴だ。
お金がかからず、作る手間もさほどかからない。
簡単に作ることができるため、小さい頃から出かける時は必ず自分で作り、両親が狩りに行く際は必ず作って渡していた。
(食べたいな)
もう一月以上も食べていない味を口が欲しがっている。
特別な材料を使っているわけではないが、べっこう飴は鳩羽にとって家庭の味。
――『家庭の味』、か。
鳩羽は溜め息をついた。
綺羅に入学して早一月。
事あるごとに家族や家へと思いを巡らせてしまう。自分でも嫌になるぐらいだ。
なのに、郷愁はなかなか消えない。
風邪よりもそちらの方が重い病の様に鳩羽を苦しめる。
術使の本質の辛さといい、家族に会うことができない寂しさといい――胸を苦しめるものに事欠かない。
うじうじと弱い自分を振り切るかのように鳩羽は鉛筆を握る手に力を込めた。