十六
それから一月。
鳩羽は毎日授業内容を必死に紙にまとめて、夜は必ず復習をした。元来勉強は好きではない。どちらかといえば嫌いだ。
「……疲れた」
鉛筆を握る手を緩め、鳩羽は机に突っ伏した。書いても書いても終わらないし、覚えることができない。それは精神的に強くない彼女にはきついものだった。
綺羅の入試の時は、家族が側にいて励ましてくれていたのに、今は当然それがない。
机に突っ伏したまま視線だけを外に向ければ、窓からは月とたくさんの星が見える。家から見える星空と重なってしまい、鳩羽は今日の勉強は終わり、と机の明かりを消した。
息抜きに星を見に行こう。
鳩羽は足早に部屋を出た。
訪れたのは学校の敷地内にある小さな森。
初めて入る森を適当に歩いていくと、僅かに開けた場所に辿り着いた。座れるような岩がちょこんとあり、上は木々が茂らずぽかりと空間が空いている。「座って」と誘われているような場所だ。そこに鳩羽は腰を降ろした。
上を見上げればたくさんの星が光り輝いている。
星座など解らない。
それでも星を見ることは好きだった。動けない兄と夜には窓からよく星を見て話をしていた。兄は星座に詳しく、それにまつわる話もたくさんしてくれたが鳩羽はあまり話を覚えていない。
(もう少しちゃんと聞いておけば良かったなぁ)
鳩羽は泣きたくなってきた。
「お兄ちゃん……」
静かに深深と暗闇に輝く星を鳩羽は長いこと見ていた。
●●●●
――次の日。
「じゃあ行くわね。また様子を見に来るから」
「……はい。ありがとうございます」
鳩羽は風邪を引いて部屋で寝込んでいた。考えるまでもなく長いこと外にいたのが原因だ。
「ごほっ……」
寒気がして身体の節々が痛い。
布団を肩ぎりぎりまでかぶってもまだ寒い気がする。
カタカタと震えながらも眠気は押し寄せてくる。授業に行かなきゃと思う反面、行きたくないと思う。
もういいから眠ろう。
弱った身体は眠気に勝てるわけもなく、鳩羽は眠りについた。
「……たな」
「……のに。…貴方…甘く…」
一体どれくらい経ったのだろうか。間近で聞こえた声に鳩羽はうっすらと目を開けた。
寒気はまだするが、寝ていた分、先程よりはましだ。
「ああ、起こしてしまったな。すまない」
優しく聞こえる声は鉄紺のもの。ということは今は少なくとも授業が終わった後のようだ。鳩羽は身体を起こした。
「具合はどう?」
言いながら保険医が首筋に手を当てる。額より正確な熱が解るらしい。
「……まだあるわね。薬を飲んで欲しいんだけど、その前に何か食べれそう?」
具合が悪くてもお腹は空くもので鳩羽はこくんと頷いた。その前に水が欲しいと視線を水が入った器に移せば、鉄紺が取ってくれる。
「よかった。じゃあ軽いもの持ってくるからちょっと待っててね」
水を飲んだ鳩羽を見て、保険医はそう言うと鉄紺に目配せをして、部屋から出ていった。
「大丈夫か?」
一人いなくなり少し寂しくなった室内に穏やかな声が響く。
「はい。すみません……」
「謝らなくていい。ほら、星飴だ。元気になったら食べなさい」
「あ……ありがとうございます。いいんですか、こんなに」
透明な瓶いっぱいに詰め込まれた色とりどりの星飴。甘くて美味しいその飴を前にして鳩羽は自然と笑みが溢れた。
「ああ。お見舞いにな。皆には秘密だ」
「はい」
こんなお見舞いを貰えるなら風邪を引いたのは幸運だったと思ってしまった。
瓶を色々な角度から眺めて「きれい…」と見とれている。風邪もすぐ治りそうな喜び方だった。
「今日習ったところは他の先生から聞いたから、鳩羽が必要なら補習できるがどうする?」
「お願いします」
鳩羽は瓶から鉄紺に視線を移した。相変わらず顔は厳しそうなのに、雰囲気は優しい。徐々にそれが伝わったのか、現在鉄紺は女子に人気者となっていた。
「じゃあ早く治しなさい。星飴は机の上に置いておく」
「……ありがとうございます」
瓶を鉄紺に渡し、鳩羽は蒲団を肩までかぶりなおした。
優しく撫でられた頭に鳩羽は目を閉じる。お粥が来るまでの間、もう一眠りしようと意識は闇に堕ちていく。
いい夢を見れそうだった。