十五
「ほら、お茶だ。あと星飴。食べなさい」
宿直室に通され、小さなお皿に盛って出されたのは色とりどりの飴。一昨日貰ったものはとっくに食べてしまっていたから鳩羽は喜んだ。表情が綻び、礼を言って食べだした鳩羽に鉄紺は「気に入ったか」と目を細めて笑った。
「それで、どうしたんだ?」
「はい、あの…先生もやっぱりその、本来の術使の仕事も経験して先生になったんですか?」
遠まわしに聞く話術は鳩羽にはない。単刀直入に鉄紺に聞くと鉄紺は「あぁ」と短く答えただけだった。
それを聞いて更に鳩羽が言葉を重ねる。
「私、やっぱり術使の仕事したくない、です。どうにかしないで済む方法はないんですか?」
「……死ぬだけだ」
ぽつりと鉄紺は呟いた。その声は静かな室内に残酷に響く。
鉄紺も表情をなくし、その瞳はどこか遠くの思い出を見ているようでここにいない。
「死ぬだけだ」
もう一度繰り返す。
「術使は死ぬまで術使でいるしかない。教師になれば戦場に行かなくてもいいが…実践経験は必ず必要だ」
鉄紺は鳩羽を見た。小さくて細い少女。
口ではああ言ったが彼女が教師になることはできないに等しい。
教師というほぼ安全な職には身分の高い者が就くのだ。
身分も高くなく、そして紫系統の彼女が教師になれる筈がない。
せめて紫系統でなければ低い成績をわざととって戦場に出向くだけの術使になれたかもしれない。
しかし紫系統は絶対的に能力が高い。これは覆らない事実で、そんな能力者を国は放置しない。その事実を十二歳の少女に伝えて受け止められるだろうか。
「教師になるにはまず死なないことだ。強い術使になりなさい。そうすれば教師になれる時が来るだろうし、軍人として働いている間も国からの給金は増えて生活は大分楽になる」
鉄紺は伝えないことにした。敢えて絶望に落とす必要はない。
ただ。
「何で術使になろうと思ったんだ?」
(……すまない)
心が術使への道に進めるように、彼女の心に釘を打ち込んだ。
生活の為だと解っていた。そしてそれを少女自身が口にすることで本来の目的を思い出し、自分の心に蓋をして術使になるためにより励むことを予想していた。
中途半端な気持ちで学び続ければ少女はすぐ死ぬだろう。それよりはいいはずだ。
(……良い筈だが)
「家が貧乏なんです。お父さんもお母さんも朝から夜まで働いてばかりで、なかなか家族が揃わないんです。お兄ちゃんがいるけど、お兄ちゃんは動けなくて。だから私がお兄ちゃんの分まで働いていっぱいお金が手に入ったら皆で楽しく暮らせるなって思って……」
言いながら少女は本来の目的を思い出したようだ。はっとした表情をして、そして真っ直ぐと鉄紺を見た。
覚悟をした瞳はなんと力強く美しいことか。
その瞳が鉄紺の胸を締めつける。
家族のためならば、術使の道を選んではいけなかった。
これから少女が歩む道は、彼女が予想しているより過酷だと鉄紺は知っている。彼女の未来を想像して鉄紺は胸が痛んだ。
この少女の瞳が絶望に染まるのを見たくなかった。
だから鉄紺も覚悟を決めた。
この少女を見守ろうと。
できる限り力になろうと。
――鉄紺は気づかない。
生徒の一人に決して今まで深入りしなかった彼が、この少女にだけ手をさしのべた。
それが何を意味するのか。
既に紫の軌跡が始まっていたことをこの時点では誰も知らない。