十四
次の日、鳩羽は殆んど上の空で授業を聞いていなかった。
時折、鉄紺や他の教科担任が心配そうに彼女を見ていたが、その密かな視線には勿論気がついてはいない。
「大丈夫?」
「疲れてるのかな〜。疲れた時には甘いものがいいよ?私のデザートも食べる?」
夜、食事を一緒に食べている紅樺と蜜柑にも随分心配されて鳩羽はやっと二人に視線を向けた。
「ごめんね、授業についていくのが大変で……術使に向いてないんじゃないかって心配で」
「解る〜。先生達さっさと授業進めるもんね〜」
「先生方って、やっぱり術使の中でも上なのかしら?」
「じゃないかな〜?でないとあんな授業出来ないよ〜。でも先生っていいなぁ…勉強して先生目指そうかなぁ」
それを聞いて機械的に食べていた鳩羽が止まった。
「先生になったら戦わなくていいのかな……?」
「どうかしら。実践で解ることも出てくるだろうから経験はあると思うわよ。なに、戦いたくないの?」
「……うん。ちょっと私には無理かなって」
ぽつりと呟いて食べかけの夕飯に視線を落とすと、紅樺が呆れた様に溜め息をついた。
「なら最初から入学しなければ良かったじゃないの。代わりに入試に落ちた子が可哀想だわ」
率直に言う紅樺の存在が今の鳩羽にはとても痛かった。
思わず下唇を噛むと蜜柑が「も~紅樺ちゃんてば~」と屈託のない笑顔をする。
「あっ……ごめんね」
「……ううん、私もごめんね。明日鉄紺先生に詳しく聞いてみる。夕飯冷めちゃうね、食べよう」
紅樺の本当に申し訳ないと思っている顔を見て、鳩羽は反省した。彼女が言っていることは正論だ。競争率が高かった術使の学校だ。不合格だった生徒はいっぱいいる。もしかしたら私が合格したことで落ちた人は、私より大変な生活をしていたかもしれない。術使の本当の意味を知っていたかもしれない。
そんな人が不合格になって私が合格したなら、私はちゃんと術使を目指さないとその人に悪い。
――『先生』か。
鉄紺もその道はあると言っていた。
(明日話を聞きに行ってみよう)
今度こそ一区切りつけて鳩羽はご飯を味わって食べ始めた。
彼女の顔を見て友人二人は顔をそっと見合わせ、良かったと胸をなでおろした。元気がなかったからどうしたんだろうかと気になっていたのだ。
「じゃあ決まったところで、デザートは返してもらうね〜」
「蜜柑、一旦渡したものは諦めなさいよ。貴女の体型のためにもその方がいいわよ」
「ひど〜い。じゃあ紅樺ちゃんの頂戴」
「太ってもしらないわよ」
「いいも〜ん。私の身体は甘いものでできてるのさ〜」
明るく振る舞おうと気を遣ってくれる二人のやりとりに笑いながら、鳩羽は心の中で彼女達に礼を言った。
そして更に翌日の夕刻、鳩羽は教員室を訪れた。
「どうしたの?」
入っていいのか解らず鳩羽が入口前で躊躇っていると中年女性が鳩羽に声をかけた。ふくよかで少し蜜柑と雰囲気が似ている。
「あの…鉄紺先生に用事があって…」
「ああ、ちょっと待っててね」
女性はそう言って中に入り、それから間もなく鉄紺が出てきた。鳩羽を見て少し安心したように鉄紺は笑いかける。
「どうした?」
穏やかに問われる声に少し緊張しながら鳩羽が用件を伝えると、鉄紺は「一昨日の部屋に行こうか」と歩き出した。
鳩羽に合わせて歩く鉄紺は何も喋らない。無言の時間は不思議と穏やかで、鳩羽はそっと安堵の息を吐いた。
鉄紺の色は暗い色だが、人を落ち着かせる色をしている。鉄紺という人物はそういう人なのだろうか。
色々悩んでいるはずなのにこの時、鳩羽の肩から力は抜けていた。