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紫の願い  作者: 沢森ゆうな
第一章:術使校編
15/59

十二

今日行われた授業は五つ。

『分析』『時事』『接術』『生存術』『体力作り』だ。


『時事』は社会的な出来事を教わる授業。これは一般学校でもある授業で、鳩羽も前いた学校で授業を受けていた。


『接術』は、どういう仕草や話し方をすれば相手の懐に入りやすい、などといった対人に役立つ授業だ。多少分析の授業と絡み合うらしい。


『生存術』は周りにあるものを使用して生き延びる方法を学ぶ授業だ。薬草の見分け方や砂漠での過ごし方などを学ぶ。


 この授業の中で鳩羽が疑問に感じたのは最初の分析の授業と接術の授業だった。分析では例を挙げて説明を行っていたが、『建物を攻略』や『標的がいる部屋』といった言葉を使用した例が多かった。戦場で活動するのが術使ならもっと他に例はあっただろう。


 接術に関しては授業科目であることすらおかしい。戦場で対人術など必要ない筈だ。内容はとても興味深いものだったが、だからと言って疑問を拭えるものではない。


 自分の嫌な予感が当たらない様に、注いで貰ったお茶を飲みながら鳩羽は銀鼠の帰りを待った。



「待たせたな」


程なくして現れたのは銀鼠ではなく鉄紺だった。やっぱり質問してはいけないような内容―知っていて当然のこと―を聞いたのはいけなかったのだろうか。


「そんなに怖がらなくてもいい。怒るために来たわけじゃない」


思いっきり表情に出ていたらしい。鉄紺は苦笑すると、鳩羽の前に座った。


「銀鼠が説明してもいいんだが……彼女は言葉が鋭いから説明には向いていない。ほら、菓子だ。食べなさい」


「ありがとうございます」


渡された白い包み紙を開いてみればそこには大小様々な形の飴のようなものが乗っていた。


「星飴というお菓子だ。形が星のようだから名づけられたらしい」


一口食べれば、甘さが口に広がる。家に居た時はこんなに甘いもの食べたことがなかった。

(家族に食べさせてみたい)

きっと皆、気に入るだろう。

鳩羽はもう一つ口に含んだ。


「これ、とても美味しいです」


「そうか。全部あげるから食べなさい」


 鉄紺が鳩羽の綻んだ表情を見て、穏やかに笑った。

あまりにも優しすぎるその表情に鳩羽は胸が高鳴ってしまう。


「あの…術使のことについてですが…」


気づかれないように慌てて話を切り出したつもりだが、顔が赤くなっていたのだろう、鉄紺は困った様に笑い、「ああ、そうだな」と言った。


(うわ、恥ずかしい)

余計顔が紅潮した。何か言わなきゃと思ったが、今喋ると墓穴を掘る気だけの様な気がして、鳩羽は表情だけ真面目にして話を聞くことにした。顔が赤いのはどうしようもない。


「まず、術使が戦場に行くことはある。ただ、それはほんの一部の術使で、大半の術使は表舞台には出ない」


「えっと?」


「諜報活動だ」


「諜報?」


鳩羽が聞き返すと鉄紺はじっと彼女を見た。その視線に鳩羽は落ち着かない。憐れむような表情。悲しそうな表情。

その顔を見て、これから話される内容は決していいものではないだろうと解ってしまった。



「…そうだ。諜報戦といって、表立っての戦いとはまた違うものがある。情報を盗んだり、要人…身分の高い者を…暗殺したりすることもある」


「え……?」


何も言葉が出ない。


表情すら固まってしまう。


(今、なんて…?……暗殺…?暗殺って…人殺しの?)


ぷるぷると鳩羽は首を振った。それ以外に何があるというのか。

 話の続きをお願いするように鉄紺を見れば、鉄紺は自分の耳を触りながら喋りだした。


「この紫波大陸には四つの国があるだろう?そして領土を巡って日々争いが絶えない。それは知っているな?」


頷けば、鉄紺も頷き返して、更に話を続ける。


「戦に勝つには勿論軍事力も必要だがそれだけでは勝てない。例えば戦をするにあたって敵国の食糧数、使用武器、指揮官の戦法。そいういう様々な情報を知っているほど戦いを有利に進めることができる。解るか?」


さっきの赤くなった頬は何処へ行ったのか。色をなくした頬を携えたまま、また静かに鳩羽は首を縦に振った。


「敵の砦や城に侵入したり、主要人物に取り入ったりと様々な方法で情報を盗むのが、術使の主な仕事だ。あとは逆に情報を盗みに来る術使と戦ったり、脅威になりそうな人物を暗殺したりと、言い出したらきりがない」


全然聞いていたのと違う。

あまりの違いに、更に疑問で頭がいっぱいになってしまった。


「……私には、無理です…」


混乱して纏まらない頭で言えたのはただそれだけ。


できるわけない。

――学校を辞めて家に帰ろう。


貧しくてもいい。


うん、帰ろう――。


 そのことを言った鳩羽に鉄紺が口にしたのは「それはできない」という否定の言葉だった。


「ここに入ったからには覚悟をしてくれ」


 この言葉で鳩羽のささやかな夢に割れ目が入る。

平和な日々は終わってしまったと。


「数は少ないが、教員になる道もある」


その言葉は右から左に流れるだけだった。




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