九
晴れている、ということをこんなに恨めしく思うことがあっただろうか。
「遅くなってもいいから足を止めない!」
一番きつい授業、体力作り。
術使は言うなれば軍人だから体力は重要。それは当たり前に解っていた。
しかし。
「たかだか十週でこのざまとは……先が思いやられるわ」
まだ夏になっていないとはいえ太陽が空を満たしているなか、ひたすら走らされるなんて思ってもいなかった。
紅緋という体力作りの先生は女性だが、その体格といい言動といい男に近い。鉄紺と並んでもあまり差がないぐらい鍛えられた身体を最初に見たとき、嫌な予感はしていたのだ。
「だから、体力作りの授業は全部最後の時間帯なのね……」
走り終わって鳩羽の隣に座った紅樺が呟いた。
一日の最後の授業はほぼ体力作りになっていた。確かにこんなにきつい授業の後に、学の授業は集中できそうにもない。
「走り終わった人から着替えて授業終わりにしてよし!!」
「じゃあ走り終わった者は教室に戻るぞ。紅緋、あとは頼んだぞ」
紅緋の隣に立って、皆が走る様子を見ていた鉄紺は踵をかえし、歩いていく。
「ほら、鳩羽。行きましょ」
火照った顔をした紅樺に手をさしのべられ、鳩羽は立ち上がった。
「待って、蜜柑は?」
「まだ走ってるわよ」
運動場を見ると歩くように走っている蜜柑が見えた。
多少は自分で体力作りしとかないと、これから先が大変そうだ。明日も最後の授業は体力作りだった。
寮に戻って、一階の交流場の椅子に座って蜜柑を待つことにした。紅樺は汗をかいたからお風呂に行ってから降りてくると言って、今はいない。
他の子も思うことは一緒らしく、麻の組で交流場にいるのは鳩羽だけだった。他の組の子はいるが話しかけにくい。
手持ちぶさたになった鳩羽は棚に置いてあった『術使入門』と書かれた本を取った。
術使向けに書かれたこの本は簡単な術式の種類や内容、使用例が記載されていた。
入門と書かれているだけあってそれはすぐ読み終わってしまう内容だったが、蜜柑が帰ってくるにはいい暇潰しになった。
「あ〜疲れたよ〜」
抱きついてきた蜜柑は汗だくで体温も高い。
「はい、お水。少し休んだらお風呂に行こう?」
「待っててくれたの?ありがとう〜。明日もあの授業とかムリ〜!」
更に抱きつく力を強めた蜜柑に鳩羽はそう言えば、と入門の本を見せた。
「これにね、一時的だけど体力が増加できる術式があるって書いてたよ」
「ほんとう?それ使いたい〜」
該当の頁をめくると、蜜柑は隣の椅子に座り、読み始めた。
「してみたいけど怒られそうだなー」
本を棚に戻すと二人はお風呂に入るために交流場を後にした。