七
実技館、食堂、寮、修練場、研究室、調合室――ありとあらゆる場所を見てまわって気付いたら小腹がすく時間帯になっていた。
鉄紺も時間を確認して「今から昼食を摂りに行く」と再び食堂へと皆を引き連れて向かった。
「いらっしゃい。今日のお昼は南由多国のジャガーリッツだよ」
並ぶ生徒に次々に渡されるのはカリッと揚げられた棒状のものに色々な種類のスープが添えてあり、盆の中央には大きく焼かれた肉が置かれている料理だった。家庭料理だと言うそれは全体的に辛めに料理されており、しっかりした味付けがしてある。薄味が中心の山神国の料理とは全く異なっていて初めて食べる味に鳩羽の胃はびっくりしてしまった。
家から本当に出てきたんだなと一番強く実感した瞬間だったかもしれない。
その後は教室に戻り、それから寮へと移動になった。
男子寮と女子寮は向かい合わせに位置しており、それぞれの建物の一階は男女出入り自由の交流場がある。
麻組の女子の部屋は全て三階に割り当てられていると言われ、鳩羽達はそれぞれ部屋に向かった。
綺羅の寮は狭いながらも一人一部屋を与えられ、扉の前には名前が書かれた札がかかっている。鳩羽は廊下一番奥の部屋だった。
部屋の前に立つと隣の扉がひょっこり開いて、目がくりっとした可愛い女の子が現れた。
「私珊瑚。よろしくね」
「私、鳩羽。こちらこそよろしく」
そう答えると珊瑚と名乗った少女は笑顔を浮かべた。珊瑚って何色なんだろう。そう思いながら人の良さそうな笑みにちょっと安心する。
鳩羽も笑顔を返し空気が和やかだったとき、それを壊すかのように向かいの部屋の前に乱暴に荷物をおろした少女がいた。
藤紫だ。
彼女はちらりと鳩羽と珊瑚を見て「よろしく」とだけ言うと、こちらの挨拶も待たずさっさと中に入り扉を閉めてしまった。一瞬ぽかんとしてしまった。扉を閉める音も乱暴で、藤紫の容姿とは結びつかない。どちらかと言えば、静かにそっと音もなく扉を閉めそうなのに。
「かっこいいね、藤紫様」
様?
思ったことが顔に出たのか、珊瑚は少し赤らめた頬を押さえながら説明してくれた。
「だって紫系統でしかも、もう紫っていう名前が入っているでしょ?独特の雰囲気で綺麗だし、お姫様みたいで…友達との間ではもう藤紫さまって言ってるよ」
なるほど、言われれば確かに彼女はお姫様みたいだしわからなくもない。でもお姫様は乱暴に荷物を置いたり、扉を閉めたりしないと思う……という言葉を飲み込んで相槌をうった。
「そうなんだ」
「うん、素敵よね…いいなぁ」
そう言って藤紫の部屋の扉を眺める珊瑚に、鳩羽は別れを告げ部屋の中へと入った。
「なんか疲れた……」
荷物を整理しながら鳩羽は溜め息をついた。入学試験に合格した時の嬉しさはどこへやら、今はとても気が重い。国から貰った冊子を無心にびりびりと破いて気を紛らす他なかった。