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 荒涼とした雪の景色だった。

 日没にふさがれた村は、慌ただしい方士らの足跡に乱されていく。

「資料一つ残らず精査を」

 乗り込んですぐ、夏羚(シアリン)が指示を出した。

 父老とよばれる、村長の屋敷である。

 燭の灯りに照らされた人影が、館の中を耐えず動き続けていた

 使用人や村人は次々と病にかかり、死後、兪倩狼(ユイチェンラン)が見つけるまでひと月と放置された。

とぐろをまくような臭気がしみこむ村である。

 獲物を腐らせたときのような、嫌な臭い。

「だから方士は、墓場くさいと……」

 息を凝らした晏渢(イェンフォン)の声が、雪交じりの風に運ばれてくる。

 この瘴気と死臭の交じりあった強烈な臭いは、方士であろうと辛いはず。

 膝に頬杖をつきながら、兪倩狼はやがて飽きたように背を向けた。

 生まれ育った故郷だった。

 それを、兪倩狼が滅ぼした。

 背筋の冷えるような薄ら寒さと、淀むような罪悪感を抱く一方で、そんなはずはないという疑惑の間で揺れている。

 埋めた弟妹と老いた両親の、崩れかかった肉体の感触が忘れられないだけ。

 その罪の意識に駆り立てられているだけなのだと。

 人との接触は、避けてきたのだから。

 最近まで村の惨状をしらなかった。

 たたりと呼ばれる病が、どこから侵入してきたのかわからない。

 故郷と家族の元を去ってから、十年が経つ。

 その虚ろとする空白に、ふと、その声は触れるようだった。

「――兪倩狼」

 荒ぶ雪の音の隙間を縫う、夏羚の声。

 たった、それだけのこと。

 れなのに、僅かひとときの間に、重く降り積もっていたその暗やみが、崩れるようだったのだ。

 ――名前、

 十年間、誰からも呼ばれることのなかった……、

 よりにもよって、あの夏羚に――

「呼び捨てにするな、」

 そう、あしらおうとして、息を呑んだまま言葉を失っていた。

 弾む鼓動が、まだ微かに暖かく脈を打っているような気さえする。

 その心を震わせる感情が、唇の端から危うくあふれ出てしまいそうだった。

 嬉しいわけじゃない――

 必死に言い聞かせる。

 しかし、それでも十年という年月は、あまりにも果てしなかったのだ。

 ――くそ、

 制御がきかない。

 情けないと、心の内で舌を打つ。

「……俺の名前を、どこで」

 名前は明かさなかったはず。

 適当に言ったのか。

 不機嫌に応じながらも、額を覆う指先は震えている。

 垂れた尾の、なんてだらしない揺れ方か。

 こんなことくらいで――、

 見られたくないと思うのに、覆った手元では隠しきれないほどの笑みが浮かんでいる。

 それを必死に噛みしめて、心の中では激しく動揺しているのだ。

「戸籍を、確認した。青葉色の目と、ほくろの位置」

「ほくろ?」

「首筋と、」

 そういえば、この方士は入念に首を触っていた。

 帛を巻くためだと思っていたが、ほくろの位置を確認していたのか。

「村人の情報を、全て頭にたたき込んできたのか? ……詰まっているのは、法典だけじゃなかったんだな」

 外衣を掻き込むついでに、意志に反して動き続ける尾や耳を押し隠す。

 気に食わない。

 かわいげのない青年。

 そう思っていたはず。それなのに今では少し、協力くらいはしてやってもいいと思っている。

「村人を、埋葬したのか」

 夏羚は庭の中を見つめていた。手つかずのまま放置されていたのだから、野ざらしの死体が転がっていてもおかしくはない。

 それを言いたいらしい。

「放っておくと、病が広がる」

「なにか、気になることはあったか」

「専門家じゃない。俺が死体を見たって何も分からない」

「お前がたたられたのは、いつのことだ」

「十年前だ」

 夏羚は書簡に軽く目を通し、袖の間にそれを挟んだ。

 素早く晏渢を呼びつける。

「――至急、雨青(うせい)へと戻り、同様の事例を洗い直せ。十年前、付近で起こった事案があれば、それも追加で頼む」

「あの少年も、ついでに連行しますが」

 雨青とは中央行政を示す。

 雨の多い都。だから雨青と名がついた。

 兪倩狼は罹患者であり、たたりを広めた容疑者でもある。雨青に引き渡し、公式な手続きを取らせるべきだと、晏渢は提案しているのだ。

 ――ひょっとすると、それも、悪くはない。

 兪倩狼は抜け目なく逃亡を考える。

 冷静な夏羚より、未熟な晏渢と一緒の方が、得だろう。

 気の利いたことをいう少年だ。

 出世は硬いぞ。

 兪倩狼はその提案に乗ることにした。

「方士がどうしてもというのなら、仕方がない」

 前のめりに庭に下りたってすぐ、夏羚の鋭い眼差しに刺される。

「……、いや、これは私が厳重に預かる。お前相手では、逃げられてしまうから」

 晏渢が驚いたように夏羚を見上げ、口元に一瞬不満を浮かべた。

 おそらく、逃亡のおそれがあるのなら尚更連行すべきと言おうとしたのだろう。

 しかしそれを飲み込み、夏羚の意図を汲んだようだ。

「それなら、協力者ということで処理をします」

「うん――、それで」

 十分だと、夏羚は頷く。

 その会話の決着は、兪倩狼ただ一人歯ぎしりさせるものだった。

 方士は皆、心の中が読めるに違いない。

 せっかく逃亡の機会が巡ってきたと思ったのに。

「帛さえとってくれれば、素直に従うといっているじゃないか。従順な人間だ。逃亡なんて、考えるわけない」

 一瞬でも浮ついたのがいけなかったか。

 縋るような声に、夏羚は見透かすような視線を寄越す。

「雨青に引き渡されれば、お前は即刻処分される。逃走も、晏渢相手でも無駄だ。でなければ彼が現場を任されるはずがない。むしろ、判断は私よりも的確」

 村を滅ぼした容疑者として扱いながら、雨青での立場は気にするのか。

 ――腹の中が読めない。

 どういうつもりだと、値踏みするように夏羚を眇め見る。


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