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ほら、と、外しやすいように首を見せてやる。
ところが夏羚はそれを一瞥しただけである。
「異変には、いつ気がついた」
「おい、まさか、帛は解かないつもりか――?」
そんな疑問が目色だけでなく、耳にもあらわれていたらしい。
夏羚の冷たい目が一瞬、ひくりと動いた兪倩狼のその銀色の耳を掠め見た。
「職務は遂行する。無関係とわかるまで帛はとらない」
「職務だと」
縄は解くのに帛はとらないでは約束が違う。
さらにはすべて職務と言い張り、押し通すつもりなのだ。
うんざりするほど厳格な方士じゃないか。
「そんなに厳しくて、何がたのしい? ついていく人間も苦労するだけだ」
「来い」
乱れた衣服を整えながら、夏羚は素早く指先動かした。
その手つきはまるで犬猫を呼ぶようだ。
「来い? 俺は年長者だ。年上には敬意を示せ。でないと俺は動かない」
「年長者?」
足を止め、夏羚は肩越しに振り返る。
兪倩狼の華奢な体つきを一瞥して、ふ、と鼻をならした。
「十五才の子どもが、年長者と、」
「お前より五才も年上だ」
「子どもだな……」
そして再び背を向けてしまう。
なにを、と、反論する言葉さえ軽くあしらう夏羚に、ぐう……っと低く唸る。
「くそッ、かわいげがない」
首輪は方士でなければ外せないというのに。早急に打つ手を探さなければ。
そう考えている間にも夏羚は少しずつ遠ざかっていた。
だが、どういうわけか一度も振り返らない。
このままじっとして素知らぬ顔をしていれば、逃げてしまえるのではないだろうか。
ふとそんな風に思われて黙っていることにした。
しかし、その矢先、
おや――、
と、身体が前のめりに倒れていく。
なぜ。
そう思ったときには、兪倩狼は夏羚の後ろを引きずられているのだ。
首の帛から見えない紐が、夏羚に繋がっているらしい。
これでは本当に、犬である。
「夏、なんだ、これは……!」
「対象が指示に従わない場合、懲罰も可とし、すみやかに拘束すべしと規則にある」
もしや規則しか頭にないのではないか。
過酷な修行中に、感情と呼べるものを全て落としてきたに違いない。
まさに、清廉潔白、青天白日、氷姿雪魄……、
鮎も蛍も喜んで飛び込む清らかさだ。
「清流は鯉を殺すぞ」
こんなに潔癖では、きっと恋などしたこともないのだろう。
兪倩狼は格好のネタを拾ったとばかりにひょいと身軽に立ち上がった。
「夏、法典しか詰まっていない頭で、どうやって女を口説く? まさか、規則に書いてあるわけではないだろ」
「侮辱は罪に問える。罪状を増やしたいか」
視線に射貫かれて、はっと、口を閉ざす。
「……少し、からかっただけだって、友情に冗談は不可欠だろ」
なぜ、年下相手に鼻息を仰いでいるのか。
そう思いながらも、相手は方士。下手に逆らえない。
「……こんな冷血な上司の下で、晏渢が気の毒だ」
振り返る晏渢の「巻き込むな」と、睨み付ける目つきからそんな心の声が聞こえてくるようだった。




