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3-4

 ようやく、无名氏の罹患が昨年とわかった。

 つまり、兪倩狼は感染源ではない。自分が村を滅ぼした訳ではないのだと、その喜びも束の間だった。

 この男の口ぶりはまるで、无名氏の死も、身に起こった悲劇への共感もないのだ。

「……无名氏がどこで感染したか、知っているのか」

 低く、押さえた声で兪倩狼は詰り寄る。

「私の被験者だ」

「被験者だと、一体、なんの」

「罹患者になってもらったんだよ」

「まさか、」

 たたりを発病したのではなく、无名氏はたたり、――すなわち、呪いを汝湾にかけられたということ。

 その驚愕とする事実に言葉を失い自失する兪倩狼に、汝湾は非道と詰るなよと言うように頭を振った。

「彼が自ら名乗り出た。理念が一致したからと、そう、言っていた」

 言い表しようのない怒りに兪倩狼は戦慄いていた。

 身内を失い、体罰を受けた无名氏の、不正義への怒り。

 无名氏の悲惨な人生と、汝湾のせいで故郷にまでたたりが広がったこと。

 そのどれもがあられもなく、よじれるような不快さと、骨髄のひりつくほどの厭悪の渦に煮えくり返るようだった。

 口汚く罵ったところで、汝湾の身体には无名氏に与えられた傷の一つもつけられない。

 それがなおのこと、この怒りの炎を燃えさからせるようだった。

「汝湾、あなたは无名氏を呪っただけでなく、その方法も伝授した。規則に則り、方士は必ずあなたを処罰する」

 夏羚の淡々とした声が、今はひどく軽蔑の色を含んでいるようだった。





「夏さん、」

 汝湾への怒りを持て余していたその時、晏渢の切羽詰まった声が、ひっそりと頭上に降ってくる。

 屋根の影に、晏渢は蝙蝠のようにぶら下がっていた。

 彼は落ち着きはらった態度で降り立ち、至極冷静に顎の先で空を素早く指し示す。

 同時に、兪倩狼の腕をとらえて亭の奥へと引っ張っていく。

「……監査機関がすぐに来られます。兪倩狼のことで――」

 まだ、晏渢が言い終わらないうちだった。

 一筋の閃光が稲光のように雲上を駆け抜けていくと、闇色に近い紫色の雲が空を覆い、たちまち辺りは薄暮のような暗がりに塞がれていた。

 その分厚い雲が、まるで天から射し込む光の剣によって一太刀に切りこまれ、にわかにおし開いて帳のように裂けていく。

 その雲の裂け目から烈しい風が吹き起こり、思わず背けた顔を戻したとき、水色の絡子環を胸元に垂らした四、五人の方士らが目の前に降り立っていた。

 身の引き締まるような鈴の音が、風の余波をうけてしばらく場に響いている。夏羚は彼らの前にすっと進みだし、予期していたと言うように呟いた。

「……監査」

「俺のことでと、いったのか?」

 兪倩狼は困惑する。夏羚の後に続こうとする晏渢を引き留めて、さらに問いかけた。

「罹患者を、処罰しなかったからか?」

 夏羚の様子は少しも変わらないが、晏渢が乾いた唇を嘗める仕草や、監査人の厳しい目つきに危うい気配を感じていた。

 引き留められた晏渢は少し焦ったように兪倩狼に外衣を被せた。

「お前が気にすることじゃない。夏さんが決めたことだ」

 ここを動くなと、言いつけるように指をさし、晏渢は大股に踵を返していってしまう。

「汝湾調査官の絡子環については、回収をすませています」

 先に口火を切ったのは、夏羚であった。

 絡子環を差し出し、他に話すことはないと言いたげだった。しかし、口元の髭を梳きながら、壮年の男がふんと鼻をならす。

 竦めるように肩を動かし、亭の影に佇む兪倩狼を指した。

「罹患者は、即刻処罰せよとの規則であるが、夏羚、お前はそれを遂行しなかった。よって捕縛命令がでている。現場調査官、及び指揮官としての職務を剥奪する」

「罹患者を、処罰すればいい話しだろ。夏羚の任務をとく必要はない」

 声を張り上げ、兪倩狼は外衣を脱ぎ捨てる。前に出ようとして、しかしそれより一瞬早く、背後に組んだ指で夏羚が、「そこに止まれ」、と、指示を飛ばした。

 その、指先だけの指示は凄まじい鋭さをはらみ、肩越しの視線がびくりと身体を震わせる。

 飛び出そうとした足はその眼差しに、ぐっと踏みとどまった。

「……、方士の職務は、たたりを収束させること。その収束は発生源の特定が重要だと考えている。特定に繋がる情報を罹患者が持ちうる場合、処罰よりもまず、情報を共有し、発生の特定に尽力すべき」

 髭を梳いていた男がふと手をとめ、ゆるく頭を振った。

「勝手な解釈によって現場を混乱させることは、ゆるされない」

「では、あなたのやり方を是非ご教授願いたい。発生を特定できなければ、たたりは収束どころか広がり続ける」

 男のくすんだ肌の色に赤みがさしていく。

「夏羚、私が問題にしているのは、罹患者の処罰を怠ったことについてだ」

 鼻息を荒くさせ、しかし男は冷静に告げる。夏羚の非は明らかと言わんばかりの目つきであった。

 それを、夏羚の澄ました顔が真正面から受け止めた。

「協力者として申請を、そちらは承認したはずだ。協力者は保護すべきとの規定を、あなた方がご存じないとは、思えません。私の対応になんら問題はない」

「罹患者は協力者にはなり得ない」

「その協力者の限定は明記されていない。勝手な解釈によって現場を混乱させることは、許されないはずでは」

 口の中に空気をため、低く籠もった男の怒気を、夏羚は平然として見つめていた。

 ――随分肝の据わったやつ。

 焦りと驚きに兪倩狼の口元を苦笑いが掠めた。

 夏羚が再び口を開こうとして、

「――たたりの収束が、方士に課せられた職務、そういったな、夏羚」

 今度は怜悧な声色が二人の間に割り込んだ。

 誰だと、兪倩狼の視線が二人の背後に向けられる。押し切れそうだと思った、その矢先だった。

 夏羚は瞼を長く伏せたまま、促すような男の声にようやくゆっくりと顎を引いた。

「……父上」

 少しすると血の通っていない冷ややかな声に兪倩狼は目を見開いていた。

 夏羚が真っ直ぐ射貫くその人物は、黒い髪と黒い瞳を持ち、目元の精悍さは確かに夏羚の面影を見るようだが、似てはいない。

 くわえて彼には二十歳前後の子どもがいるとは思えないほどの若々しさであった。

 本当に父親なのかと、疑問がよぎるほど。

「弁を弄して規則の穴をついたつもりか。しかし、こちらも規則が邪魔でお前の処罰は厳しい。確かに、協力者は罹患者以外と明確に記されてはいない。だが、罹患者は即刻処罰するのが規則。それもまた、現場の方士が職務を盾にするのなら、突っつくのも面倒だ。私たちより、夏羚の方が一枚上手だったということにしておこう。出直すぞ」

 くっ、と笑みをかみ殺す男に、夏羚が深々と頭を下げた。

「……まさか、」

 と、兪倩狼はようやく、理解がおいつく。

 規則を盾にした夏羚に、まんまと出し抜かれたのは、兪倩狼の方ということだ。



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