2-6
手の傷をさすりながら夏羚の隣に並ぶ。
目の前には燃え尽きようとする衣服だけが残っていた。
「……何が起きた?」
「人為的に引き起こされたものだ」
「人為的? 何を引き起こしたって?」
「……たたり。たたりを人為的には引き起こした場合、それはたたりとは呼ばず、呪いとよぶ。この場合、无名氏が仕掛けた呪いということになる」
「无名氏が、何のために呪いを仕掛ける?」
「自分で言っていただろ。よほど、訴えたいことがあるのだと」
「父老、……もしくは、調査官に向けてか?」
「おそらく父老だ。調査官の方士が、无名氏に呪いを教えた……」
「それで――?」
感情を交えない声に耳を傾けていた兪倩狼は、突然途切れた言葉に続きを促した。
と、徐に伸びた指先に、背に隠していた手が取り上げられていた。
「怪我は、と、聞いたが……」
手の甲から、真紅の血が少しずつ垂れていた。足元にぽつぽつと滴る血の跡を、見られたらしい。
ためらいなく傷口に触れる夏羚に咄嗟に手を引っ込めようとして、さらに指先の力が加わった。
冷静な顔で、冷静な声色を駆使しながらどうやら彼は、
「……まさか、感情的に、」
思うと同時に、口走っていた。
じっと、睨むような眼差しに見つめられる。
「……言ったはず。指示に従わない場合は――、」
「おい、まさか、」
――だめだ、
堪えきれず、くっ、と笑みが零れでた。
彼は澄ました顔で内心、どうやら取り乱しているらしい。
しかも自分が言った言葉さえうやむやになるほどの。
「夏、お前がしたのは、怪我は、という曖昧な確認だ。傷を見せろとは、一言も指示しなかった」
真っ直ぐに見つめていた瞳が一瞬、何か物言いたげに瞼の下に隠れる。しかしそれを許さずすぐにたたみかけた。
「規則っていう手は、使えないようだぜ、夏。夏、夏羚……、なんとか、いってみろ」
噴き出すようなおかしさに呵々と笑い声を上げる。
これで、今まで腹が立った分は、精算してやってもいい。
たった僅かな綻びでも、夏羚をつつくことができて満足なのだから。
すると、身体が縮むほどの痛みに悲鳴が上がる。
傷口をえぐるように指が食い込んでいるのだ。
「……い、いたい、痛いって、放せよ……」
言い過ぎたか――?
振り払おうとした直後、夏羚の手がそれより早く、さっと離れた。
傷口を押し広げられたのだと、恨めしげに手をとると、傷痕さえも綺麗に塞がっている。
驚いて天井に透かして掲げ見る。
方士は、万能らしい。
「……方力か? まさか、治してくれたのか」
「――夏さん、取り込み中でしたか、」
げ、とまず一言、部屋の外から晏渢の低い声が上がった。
直前の、兪倩狼の手を取る夏羚に困惑したらしい。
その気後れ気味の晏渢の言葉に、夏羚の冷たい視線が流れていく。
「構わない。報告を」
もう少し、揶揄ってやれば良かったか。
兪倩狼は少し残念に思う。
規則一辺倒と思ったが、どうやら表に見えないだけで、意外と腹の中では感情的なのかもしれない。
それにしても、何を考えているのかはあてられる気がしない……、
苦笑いの下で、それでも垣間見えた一瞬の感情に、もっと触れていたいと思うような気がする。
晏渢が淀みなく報告をする間、兪倩狼は庭院に立ち、中から聞こえてくる二人のやり取りに耳を傾けた。
「調査官は判明したのですが、境落へ行き、……絡子環を回収するようにとの指示が」
「――境落、」
その街の名前を耳にしただけで、夏羚は十を承知したようだった。
「……担当した調査官というのは、汝湾調査官か」
「はい。農村の対応にあたった調査官です。境落で報告が途絶えたまま、除籍処分に。なので、絡子環の回収もするようにと。会えれば、報告書の整合だけでなく、无名氏のこと、兪倩狼が感染源かどうかも、はっきり判明するかと」
「わかった」
うん、と、頷く夏羚が袖を整える。
「晏渢、汝さんがあたった農村の事件から、三年分の足取りを調べるように。无名氏に呪いを伝えた可能性がある」
「呪いを伝え……つまりそれは、規則違反では」
「それを、調査しろ」
「私が、その証拠を集めるんですか……?」
「期待している」
「……私一人では、難しいかと」
今までは指示が出ればすぐさま飛んでいったというのに、晏渢はどうやら、今回は特に荷が重いらしい。
しばらく逃げ道を探していたらしいが諦めたようだった。その晏渢に、夏羚が追い打ちをかけるように小さな包みを渡した。
部屋の壁から取り出した真珠と、燃え残った衣服の破片を包んだものだ。
晏渢はそれを手に持ってしまうと、更に嫌な顔をした。
「……言い訳を先に、させてください」
「だめだ」
夏羚に睨まれて晏渢は憂鬱に飛び立っていった。




