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エピローグ⑤

「雪華……?」


高柳さんが困惑するのが伝わってくる。それもそうだろう。だって今度は手には何も持っていないのだから。


両目をギュッと閉じ、思い切ってそれを言葉にした。


「私のハジメテ、貰ってください!」


とうとう言った。

一気に顔は真っ赤になり頭からは湯気が出そうなほど熱い。


静まり返った部屋。自分の鼓動の音だけが耳の奥でうるさく鳴っている。


(もしかして、失敗した……?)


何も言わない高柳さんに、焦りが不安に変わっていく。


(自分から言い出すなんてはしたないって思われた⁉)


決死の覚悟で挑んだことが裏目に出たのかもしれない。真っ赤になっていた顔から血の気が引いていく。


(八年前から成長してないって呆れられたかも……)


高柳さんに嫌われたくない――


「や、やっぱり、なんでもありませんっ」


半分泣きたくなって、顔を覆うために差し出していた手を自分の方へ戻そうとした時――


その手を掴まれ、ぐいっと力強く引かれた。

ふわり――鼻先をチョコレートとウィスキーの香りがくすぐる。次の瞬間、私の唇は彼のもので覆われていた。


「あっ、ん」


短い驚きの声は彼の咥内に吸い込まれていく。


「んんんっ~」


なんの前触れも予告もない、いきなり始まった激しい口づけに頭が真っ白になる。

開いた口から差し込まれた舌が、咥内を激しく掻きまわす。そして奥にいた私の舌を捕まえると、逃がさないとばかりに絡みつき執拗に吸い付かれた。


今まで彼と何度か交わした口づけはこんなに荒々しいものではなく、優しく静かなものだった。深い口づけも一度だけされたけれど、その時はゆっくりと様子を伺いながらという感じで、彼は唇を離した後、私が真っ赤になったのを見て「林檎みたいだな」と言って笑っていた。


こんな獰猛なキスは知らない。


貪るような口づけに息が苦しくなる。

口の中がチョコレートとウィスキーの味でいっぱいになった頃、やっと唇が離された。


急に入ってきた空気に、こほっと咽る。はぁはぁと二度ほど息をついたところで、ふわりと体が宙に浮いた。


「きゃあっ」


突然起こった浮遊感に思わず目の前のものにしがみ付く。それは高柳さんの頭で、私は彼の両腕に抱えあげられていた。


そのまま彼は、部屋の中央にあるキングサイズのベッドへと向かっていく。ものの数秒でそこまで辿り着くと、少し荒っぽく私をそこへ置いた。


ふわん、とベッドがしなる。

その硬すぎず柔らかすぎない感触に、「質の良い睡眠が出来そうだ」などと、一瞬呑気な考えが頭に過った。


けれど「あ」と声を出す間もなく、高柳さんの体が私に覆い被さってきた。


両肘を私の顔の横につき、私を自分の体で閉じ込めた高柳さんは、ただじっと私を見下ろしている。明らかな情欲の火が灯ったその瞳に見つめられるだけで、私は息をすることすら忘れそうになる。心臓は壊れそうなほど暴れている。


「……煽ったのは雪華だ」


高柳さんはそれだけ口にすると、再び私の口を塞いだ。


いつの間にかガウンの紐を解かれ下着だけになった私の体を、彼は大きな手でゆっくりと確かめるように撫でる。そして首筋やお腹に何度も口づけを落としていく。

羞恥のあまり両手で顔を隠すと、それに気付いた高柳さんに両手首を掴まれ外された。真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、せめてもの抵抗に顔を横に向けると、目じりに溜まっていた涙がポロンとこぼれた。


「隠さないで、雪華。とても綺麗だ」


両頬を手で包まれ上を向かされると、(まなじり)に口づけられる。そしてそれから優しく唇を重ねられた。

さっきまでの喰らいつくような荒々しさが嘘のような穏やかな口づけ。

彼の唇が湿っていて少ししょっぱいのは、私の涙なのだと気付く。ゆっくりと唇を離した彼は、私をまっすぐ見つめながら言った。


「どんな雪華もすべて俺に見せて。お前の全部を大事にしたい」


私を見つめる瞳が濡れたように燿っている。


「貰ってもいいか?―――雪華の大事な初めてを」


欲情を内に秘めながらも真摯に向けられるその瞳に、私は黙って頷いた。


「――ありがとう。大事に、優しくする」


そう囁いた彼は、私に温かな口づけを降らせた。






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