エピローグ③
窓際に置かれたソファーの端に座って外の景色を眺める。
両手を広げても届かないくらいの大きな窓ガラスが四枚連なったそこからは、横浜湾の夜景を一望することが出来る。
両端は宝石を散りばめたかのような明るさだけど、真ん中は真っ暗。そこは海。その上にかかる橋の明かりが、暗い海面に映っている。夜の海は吸い込まれそうでどこか少し怖い。風呂上がりに羽織ったガウンの胸元をキュッと握り締めた。
高柳さんに手を引かれてやってきたのは、さっき食事をした最上階のレストランの三階下にある客室だった。
『今夜はここに泊まるつもりだ』
その台詞から、あらかじめ食事と一緒に宿泊の予約もしてあったのだと気付く。もしかしたらさっきの食事の支払いも宿泊の分と一緒にするのかも。
私に先に入浴するように勧めてくれた彼は、今は入れ替わりにバスルームに入っている。彼を待つ間、私はじっと窓の外を眺めていた。
さっきから緊張のあまり心臓が早鐘を打っている。
今日は初めから、食事が終わったら彼の家に泊まりに行くつもりだった。だからいつもより一回り大きい鞄の中にお泊りセットも入れてきたし、例の作戦のこともあって色々と心づもりはしてきた。けれど、いざとなった今、逃げ出したいほどの緊張に襲われている。はっきりいって大仕事のプレゼンの方が全然気が楽なくらいだ。
(ど、どうしよう……)
膝の上には赤いリボンのかかった箱。昨夜必死に作ったトリュフが入っている。
包装が乱れない程度に両手で握りながら、私は窓の外ばかりを見ている。そうしなければ、部屋の真ん中にある大きなベッドばかりが気になってしまうからだ。
(ホテルに泊まるってことは、そういうこと……よね?)
まどかが聞いたら『なにを今更!』と言いそうだ。
そう。私がまどかに相談しながら立てた"バレンタイン大作戦"は、八年越しのリベンジ。私の"ハジメテ"を彼にもらってもらおうという作戦なのだ。
バスルームから聞こえていたシャワーの音が、いつのまにか止まっていた。
カチャリ――
ドアの開く音に反射的に立ち上がる。その拍子に膝の箱がコロンとソファーの上に転がった。
バスルームから出てきた彼の姿に、ひときわ大きく心臓が跳ねた。
仕事中はかっちりと後ろに流してまとめられていた髪はシャワーで流され、額は濡れた前髪に覆われている。軽く片手で前髪をかき上げる仕草からは色香に満ち溢れ、ぞくっとするほど艶めかしい。
大きく開いていたガウンの襟元から見える胸元は広く逞しく、そこに釘付けになっている自分に気付いたら頬が熱くなり、何とかそこから視線を引き剥がした。
「綺麗だな」
「は、はい…素晴らしい夜景です、ね」
不埒な視線に気づかれたくなくて窓の外に向ける。ゆっくりとこちらに歩いてきた高柳さんは私の隣で足を止めた。
「確かに夜景も素晴らしいが、俺が言ったのはそのことじゃない」
「え?」
「俺は、雪華が綺麗だと言ったんだ」
驚きに目を見張る。
「そ、そんなことありません…こんな格好だし……」
今日は決戦の為にいつもよりも気合を入れてきた。
けれど今、その洋服は脱いでしまってガウン姿だし、顔に至ってはスッピンだ。
今の自分を見られることが急に恥ずかしくなって俯いてしまう。一緒に暮らしていた時にはパジャマ姿もスッピンも見られていたというのに――
「どんな格好でも雪華は雪華だ。いつも綺麗で可愛い」
「っ!」
「もちろん、さっきのワンピースもよく似合っていた」
高柳さんの口から繰り出される甘い言葉の数々に、朱に染まっていた頬がますます赤くなっていく。俯いたまま上げられなくなった顔に、すっと大きな手が差し伸ばされた。




