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第一章 黒歴史との再会⑧

自宅の隣にあるコンビニを指定して、そこで下ろしてもらう話で落ち着き、後は黙って座っていた。


高柳さんの車は国産の一般的なハイブリッド車だ。この車は良くも悪くもとても静かで、さっきから二人で黙ったままの車内は、居心地が良いとは言い難い。


(何か話した方がいいのかしら……)


共通の話題といえば、大学のサークルのことだ。けれど、彼は私のことを覚えていない。今更それを持ち出すのも気が引ける。というよりもあれは私の“黒歴史”で、封印したいくらいのことを、わざわざ自分から掘り返すことは絶対にしたくない。


来る時は快晴だった空に、いつのまにか黒い雲が覆い始めている。それは夕立やスコールを予感させた。


「雨、降り出しそうですね」


当たり障りのない会話。その代名詞のような台詞しか思いつかなかった。


「そうですね」


そっけない台詞にまた黙りそうになるが、元営業の意地がそれを阻む。


「傘を持ってこなかったので送って頂けて助かりました」


「いえ」


返ってきたのはさっきよりも短い返事。すぐにしーんと車内が静まり返る。

私は慌てて次の会話を探した。


「紀一さんとは職場がご一緒なんですか?」


そう私が聞くと、さっきまで前だけを見ていた彼が一瞬チラリとこちらに視線を向けた。

すぐに前に向き直った彼は、ふっと短く息をつくと「今は別の部署ですが、以前ご一緒させて頂いていました」と言う。


(え?声がワントーン下がった??)


何か彼の気分を害すようなことを言ってしまったのだろうか。

私は少し焦りを覚える。


「そうだったんですね。職場はどの辺りですか?」


「……今は隣県ですが、来月から都内にある部署に異動に」


少しの間を空けて答えた彼の声は、まだ低かった。


「お引越し大変ですね」「いえ」と短い遣り取りをした後、またしても車内が静かになる。


(なんか…もしかして、会話を続けるのを拒まれてる?)


一年半のブランクがあるとはいえ、これでも元営業部員だった私は、だんだんと意地になってきていた。


今思えば黙っていれば良かったのかもしれない。

今後彼とどうこうなる気も、次につなげる気も、この時の私には皆無だったのだから。


「私も去年異動したばかりなんです。でも引っ越しは無かったので助かりました」


運転席の彼はウィンカーを上げながら「そうですか」と相槌を打ち、滑らかにハンドルを切っている。


「新しい職場には慣れるまで大変でしたが、メンバーが良い方ばかりで助かりました。新しい仕事は大変ですが、やり」


「『やりがいがあって楽しいです』―――だろ?」


最後の文章を重ねるように言われ、私は思わず隣を見る。

目を見張って固まっている私の方に、彼は少しだけ顔を向けた。


「っ、」


こちらを向いた冷ややかな物だった。

ほんの数秒視線を向けられただけなのに、その冷たさに背筋が凍り付いた。


(な、なんで……)


そんな冷たい目で見られないといけないのだろう、そう思ったその時。


「よっぽど上の空だったんだな」


「へ?」


思いも寄らぬ彼の言葉に、間の抜けた声が出る。


「同じ遣り取り――食事の時もしたのに、覚えてないのか」


彼がいきなり砕けた口調になったことよりも、その内容に頭が真っ白になる。


「レストランで全く同じ会話をした。俺の職場と異動の話も、君のことも」


「~~っ」


声に出してそう叫びたいのを堪えきれた自分を褒めてやりたい。昔取ったなんとか、ってやつだろう。


「ちなみに俺が君を送って行くことになったのは、“雨が降り出しそう”だからだ」


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