第十二章 鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい④
約七年と十一か月前の、同じように瞳を閉じて彼を待った記憶が甦る。
あの時額に灯った温もりが、今度は確かに唇に降りてきた。
瞳を閉じてからすぐに重ねられた唇は、柔らかく温かかった。
(柔らかい……)
重ねられた唇の熱を感じながら、ぼんやりとそんなことを考える。
初めての口づけは優しく甘く、少しの間重ねられてからそっと離された。
トクントクン、心臓が鳴っている。閉じた瞳をゆっくりと開くと、柔らかく細められた瞳が私を見つめていた。
恥ずかしさも忘れてその瞳に釘づけになる。すると彼は少年のような顔で破顔した。
「~っ!」
目を見開いた私に、彼はその顔のまま口を開いた。
「ありがとう、雪華」
何に礼を言われたのか分からない。
黙ってまばたきを繰り返し三度目。再び柔らかな感触を唇に感じ、えっ、と思うと同時にちゅっという音を立て離れた。
一瞬の出来事に理解が追い付かず固まる。その間にもすばやく何度か唇を啄ばまれた。
何をされたのかやっと頭が追い付いた途端、カッと顔が熱くなった。
「可愛いな」
「~~っ」
顔だけでなく足の先から頭まで一瞬にして熱くなった。
そんな私を見ながら、顔いっぱいに笑みを浮かべた高柳さん。彼は「真っ赤な顔でも可愛いぞ?」と言ってもう一度私の唇を啄んだ。
羞恥と動揺で涙まで浮かんでくる。慣れないキスにいっぱいいっぱいの私は、そんな彼の余裕が悔しくて、じっとりと睨み上げた。
「雪華、だからそれは駄目だ……」
困ったように彼が呟く。
いくらダメだと言われてもやめないつもりでじっと睨む。
すると、まるで私の顔を隠すように、彼は私を腕の中に閉じ込めた。
いきなり視界を大きな体で覆われて驚いていると、耳の後ろから少しだけ掠れた低い声が聞こえた。
「そんな顔されたらもっと欲しくなる」
そう言ってついた吐息がうなじをくすぐり、勝手に体が跳ねる。
「今日は雪華の“ハジメテ”を一つ貰ったからな。続きはまた今度、だな」
その言葉に、私は声もなく絶叫した。
(“ハジメテ”って、キスのことじゃなかったの⁉)
今更ながらそんなことに気付いてしまい、背中に冷や汗が滲む。
そんな私の焦りを知ってか知らずか、高柳さんは坦々とまるで自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
「病み上がりの雪華に、これ以上負担をかけるようなことは出来ないからな」
はっきりとした口調でそう言ったと思ったら、高柳さんは私の耳元で囁くように言った。
「完全に元気になったら遠慮はしない。覚悟しておいて、雪華」
情欲を滲ませた声色がぞくっとするほど色っぽい。
彼の腕の中で私が真っ赤な顔を隠して固まっていることしか出来ずにいると、ぎゅっと腕に力を込められた。
「大事にする、雪華」
胸いっぱいに温かなものが満ちて、気が付いたら頬を涙が伝っていた。
次々に零れ落ちる雫。自分の内側にあったダムのようなものが決壊した。
「私を一人ぼっちにしないで……どこにもいかないでっ」
幼子のようにしゃくりあげながら泣く。
泣いている間ずっと何度も何度も、大きな手が頭から髪を伝って背中を撫でていた。ゆっくりと丁寧にそうされているうちに段々と落ち着いてくる。
目を閉じて逞しい胸に体を預ける。身をゆだねることでこんなに安心できるなんて、今まで知らなかった。
大きな手が背中の真ん中で止まった時、額に柔らかなものを感じた。
「これからは俺がいる。お前を一人にはしない」
その言葉に収まりかけた涙腺がまた決壊する。
涙に濡れてびしょびしょの私の頬を、高柳さんはその大きな手のひらで包むように覆って、愛おしそうに瞳を細める。
「愛してるよ、雪華」
そう言って、私の唇に自分のものを優しく重ねた。




