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第十二章 鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい③

「うわっ! た、た、高柳さん⁉」


いきなり抱きしめられて驚いた私が腕の中でもがくと、ぎゅうっと更に力を籠められる。


「雪華……それは駄目だ」


そしていきなりのダメ出しに固まる。突然抱きしめられて『駄目だ』とか言われて、いったいどうしたら良いのか分からない。


「え、あの、ごめんなさい……なにか――」


気に障ることをしてしまったのかと訊ねようとしたけれど、それより早く低い声が頭の上から降ってきた。


「そんな可愛い顔してそんなことを言われたら、我慢出来なくなる」


「え?」


「俺も男だからな。好きな子の無防備な姿に惹かれないわけないだろう?」


『好きな子』というワードに、胸が大きく波打った。

あれから初めてだ。彼の口から“好き”という言葉を聞くのは。


抱きしめられ、自分の鼓動が早いのを感じながら、その逞しい胸に頬を寄せた状態なので彼の心音も聞こえてくる。それは私にも負けないくらい速く大きな音で――


「でも」


そこでいったん区切られた言葉。

その続きをじっと待っていると、ふわりとつむじに湿った温もりを感じた。


「雪華の気持ちを聞いていない。今はまだ俺の一方通行だ」


ささやかれた声がひどくせつなげで胸を打つ。

ゆるく柔らかく私を抱く腕は『嫌ならいつでも離すから』と物語っている。


「私も……好きです…」


口から自然と言葉が零れ落ちた。


小さな呟きのような声は彼の耳まで届いたようで、彼の体がピクリと小さく動き、背中に回されていた腕がゆっくりと解かれてから顔を覗き込まれた。


「雪華、今、なんて……」


「高柳さんのことが好きです。たぶん、ずっと……」


そう。初めて好きになったあの時からずっと、私の胸の奥にはあなたがいた。振られた後も、きっと、ずっと好きだった。


だからほかの誰ともキスすら出来なかったんだと、今なら分かる。


「ありがとう、雪華」


そう言って彼はもう一度私を強く抱きしめた。


「嬉しいな……『好き』と言われることがこんなに嬉しいことだったなんてなぁ」


抱きしめたまましみじみとそう呟く彼に、私は「告白されること多いのに?」となんだか嫌味みたいなことを口にしてしまう。

すると頭の上からくすくすと笑う声。


「ヤキモチも嬉しいな。告白もどちらも雪華だから、だ。特別な人から貰えるものは、特別だろう?」


とろりとした声を耳元に注がれて、ぞくぞくとした甘い痺れが走った。お砂糖を煮詰めたみたいな甘い空気に溺れそうになって、気付いたら高柳さんの着ているシャツの胸のあたりをギュッと握りしめていた。


「雪華」


名を呼ばれただけなのに、胸がきゅんと鳴る。

もう一度「雪華」と呼ばれ、おずおずと顔を上げる。私を見つめる瞳は、夜空を映した露のようにしっとりときらめいて、隠しきれないほどの色香が滲んでいた。


「俺はお前の“特別”が欲しい」


「私の特別……」


それって何だろう。彼は何が欲しいのだろう、と考える。

そんな私に、彼は少し困ったように微笑んだ。


「前の時は断ってしまったが、今度は俺からお願いしよう。雪華、君の“ハジメテ”を俺に下さい」


「……っ!」


絶句した私に高柳さんは「キスしてもいいか?」と畳みかける。


想いが通じ合った今、断る理由はない。

けれどだからといって、あの頃のように「さあどうぞ」と差し出しせる度胸もないのだ。


「あの……えぇっと……」


視線をあちこちにさまよわせながら、もごもごと口を動かす。そんな私を高柳さんはじっと見つめてから、私の頬を片手で包んだ。


「雪華……嫌なら無理にとは言わない」


眉を寄せて切なげにそう言われたら、もう逃げることは出来なかった。


「どうぞ」と言う代わりに、私は瞼をそっと下した。




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