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第十一章 上書きと熱⑥

確信を持っていることがはっきりと分かる高柳さんの声色に、私は「ちがう」とすぐに言うことが出来なかった。


熱のせいなのか何なのか、瞼が熱く目が潤んでいくのを抑えることが出来ない。

下瞼に溜まった涙を見られたくなくて、じっと私を見つめている視線から逃げるように目を伏せた。

すると伸びてきた指先に、すっと目じりをなぞられた。


「瞳は変わってないな」


「っ!」


「女性はすごいな……あの頃よりもずいぶん大人っぽく綺麗になっていたから、全然気付けなかった。でもこの瞳は憶えている。あの時も『綺麗な瞳だな』と思ったんだった」


思いがけない告白に驚いて両目を見開くと、目元をなぞっていた手が今度はゆっくりと頭を撫で始めた。


「あの時、大きな目でじっとこっちを見上げてくる姿が可愛くて、つい絆されそうになったのを今も覚えている。あのセリフは半分くらいは自分に向けて言っていたんだ」


ゆっくりと大きな手が頭の後ろを撫でている。

ここで否定する言葉を言ってもすでに遅いのだと気付いた私は、白旗を上げることにした。


「いつ……」


「ん?」


「いつ、気が付いたんですか? 私が、その…」


「『ハジメテを貰ってください』と告白した人物か、って?」


「うぅっ……」


身も蓋もない指摘に言葉に詰まる。

思い返すだけで穴に埋まりたくなる告白を、何年も経って相手の口から聞くなんて、なんの罰ゲームだろう。

顔が燃えるように熱いのは、熱だけのせいとは思えない。


「なんとなく既視感は前からあったんだが、ショッピングモールで雪華の後輩が『おーみ先輩』と呼んでいたのを聞いて意識のどこかに引っかかっていた。お前が夕べあのセリフを口にした時にやっと正解に気が付いた、というわけだ」


薄々気付かれていたなんて想像もしなかった。

熱のせいで朦朧としながら口走ったのが決定打となったらしい。


「遠山本部長たちと食事をした時に出身大学が同じだと聞いていたこともあるし、雪華の寝顔を見ながらあれこれと考えたら、やっぱり間違いないだろうと確信した」


「ね、寝顔⁉」


「ああ。眠っている顔があどけなくて、瞳を閉じたままじっと待つあの時の顔と一緒だった」


うぐっ、と喉から詰まった音が出た。

寝顔をじっくり見られたこともだけど、ファーストキスを強請ったあの時の顔を思い出されることも、たまらなく恥ずかしい。


「忘れてくださいっ」


「嫌だ」


「~~~っ」


ひとがこんなに恥ずかしがっているに、『いやだ』なんて意地悪としか思えない。

羞恥でさらに潤んだ瞳で見上げるようにじろっと睨むと、目が合った高柳さんは一瞬目を見張ってからふっと視線を逸らした。


いつもの鉄壁スタイルの彼とはどこか違う様子に気が付いて、どうかしたのかと見入っていると、目の前が突然真っ暗になった。


「わっ」


私の目が大きな掌で覆われているのだとすぐに気が付いた。驚いて声を上げた私に、低く掠れた声が降ってくる。


「そんなふうにあんまり見るな」


そんなって、どんな?と疑問に思ったすぐあと、次のセリフに目を見開いた。


「熱で潤んだ目が誘っているみたいだ」


「誘ってなんてっ」


「これ以上煽られたら我慢できなくなるだろう?」


同意を求められるような口調で言われ、(それって私の責任なの⁉)と、心の中で抗議の声を上げるが音にならない。口がただパクパクと上下に動くだけ。


「弱った雪華に付け込んで、“ハジメテ”を奪うつもりはない」


真っ暗な視界の中、低い声だけが耳に届く。

熱のせいで耳がおかしいのかもしれない。彼の声がこれまでにないほど甘く色めいて聞こえる。何も見えないけれど、このまま食べられてしまうのではないかと思えるほど、その声は情欲に満ちていた。


「あの時は断ったが、今度は断る理由はないだろう?な、奥さん」


ふわり、と額に柔らかなものが触れた。

すぐに分かった。その感触の正体が何なのか。


こんなふうに甘く詰め寄られて、どうしたら良いのか分からない。さっきから上がり続ける体温と早鐘を打つ心臓が『もう限界だ』と悲鳴を上げている。


「も、もうっ……からかわないでくだ」


「好きだよ、雪華」


被せるように言ったその言葉に、私のすべてが停止した。


「俺は雪華が好きだ。この“模擬結婚生活”を本物にしたいと思えるくらいに」


「っ!」


頭から湯気が出ているんじゃないかと思うほど、全身が熱い。頭が真っ白になって何も考えられず、両目をぎゅっと閉じた。


瞼を覆っていた手が退いたのを感じ、ふわりと体を柔らかく包まれる。


「また熱が上がってきたみたいだな。おしゃべりはこれくらいにして、もうひと眠りしよう」


さっきまでの色香漂う声から一変して優しい声。私を気遣ってくれているのが伝わってくる。


「返事は焦っていない。今は元気になることだけ考えたらいい。ほかのことは後回しでいいから、しっかり休もう」


そう言って私の背中を軽く撫でた高柳さんは、「じゃあ、おやすみ」と言ってそのまま瞳を閉じた。


またしても抱きしめられた状態になった私は少し焦ったけれど、もう何かを考える気力はなく、再び上がり始めた熱に思考回路を奪われ、そのまま眠りに落ちた。






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