第十一章 上書きと熱③
「やっ」
ちぅっと音を立てながら首筋を吸われ、体にゾクゾクとした痺れが走る。
高柳さんは私の首筋をきつく吸ったと思ったら、その舌先でなぞるように舐めた。
腰から這い上がってくる感覚に溺れそうになりながら、『我慢出来なければ叩け』と言われた背中に、ギュッとしがみついた。
「あいつがつけた痕は消した」
高柳さんが執拗に吸いついていたそこは、矢崎さんにそうされたところなのだと、力の抜けきった体で荒い息をつきながら、そのことに気付く。
「次も触るぞ。やめて欲しければ叩け。お前の嫌がることはしない」
耳元でそう囁かれたのを聞くとすぐに、私の腰に彼の大きな手があてがわれた。
矢崎さんが触れた場所を一つ一つなぞるように高柳さんが触れていく。
そうされることで体に残った感触が“上書き”されていく。
高柳さんの唇も手も温かくて優しくて、矢崎さんに触られたときのような気持ち悪さは一つもない。
それどころか――
「やぁっ」
着ていたパジャマのボタンがいつの間にか外されていて、そこから侵入してきた手が素肌を撫でられた瞬間、思いも寄らない声が出た。
自分の口から出たものとは思えないその声は、鼻にかかって甘ったるい。
自分でも戸惑うようなその声を、高柳さんはまったく気にも留めずにお腹の辺りを手でなぞっていく。
触れられたところが発火したみたいに熱くて、その熱がどんどん体中に広がっていく気がする。
「ここまでか?」
「ん…、」
「あいつに触られたのは、これで全部か?」
次々と与えられる初めての感覚にいっぱいいっぱいの私は、その問いにすぐに反応できなかった。
それを彼は「否」と取ったのだろう。畳み掛けるように問うてくる。
「他にどこを触られた」
「………」
「ちゃんと消毒しておかないと、ずっと後を引くぞ」
半ば脅すように言われ、私は羞恥でいっぱいになりながら微かな声でそれを口にした。
「くそっ」
吐き出すような言葉の後、「もう少し早く行っていれば」と悔しそうに呟くのが聞こえた。途端、じわっと涙が滲む。
「怖かったら我慢せずに背中を叩いて」
そう言うと彼は、ゆっくりと私の胸の膨らみをその手で包み込んだ。
ビクッと体が跳ねる。
一瞬私の様子を窺うように止まったその手は、ゆっくりと私の胸を撫で始めた。
最初はそっと小さく。次第に大きく円を描くように撫で、私が拒否しないことを感じ取ると、大胆に動き始めた。
「あぁっ……」
大きな手にやわやわと揉みしだかれ、我慢できずに声が漏れる。
甘い痺れが体中に駆け巡り、味わったことのない感覚に翻弄される。内に籠った熱で体が燃えるように熱い。
目尻に溜まる涙を拭うことも出来ず、荒い息を吐きながら、私はただされるがまま高柳さんに身を委ねていた。
どれくらいそうしていたのか。
すぅっと体から重みが消え、目を開くと、高柳さんが私の上から退いていた。
「た、高柳さん……?」
離された体の隙間から冷たい空気が入ってきて、それがひどく寒く感じて、思わずぎゅっと大きな体にしがみついた。
「青水……」
何か言いたげな声を無視して、彼の胸にしがみついたまま頭を振る。
「いや……はなれちゃだめ……」
自分が何をしたいのか分からない。けれど、ただ本能のままに行動していた。
「色々あって心も体も疲れているだろう。今日はもう大人しく寝た方がいい」
幼子に言って聞かせるような口調に、胸の奥からもやもやと何かが湧いて出てくる。
それが彼の優しさだと頭では分かっているのに、どうしても気持ちにブレーキがかけられない。
「いやですっ、いかないで…そばにいて」
「青水……抱いていいのか?」
私を見下ろす切れ長の瞳に、見たこともないほどの熱が籠っている。
匂い立つほどの色香を纏ったその姿に、私はくらりと眩暈を感じた。
「いや、駄目だろう……俺は弱みに付け込むような抱き方はしたくない。でもこれ以上ここにいたら、俺は自分を止められなくなる」
「『付き合っている相手としかしない』って言ったくせに……」
「それは、どういう」
「常務のお嬢さんとお見合いしたのに……あんな可愛い女の子と仲良くして、お泊りも! 私なんて私なんて……ただの風よけでお見合い相手が本命のくせにっ!」
要領を得ない言葉を、何も考えず一気にしゃべった。
そのせいなのか何なのか、くらくらと目が回っている。涙が滲んでいるせいで視界もぼんやりするし、さっきまで彼に触れられていた体が熱いのに、背中にぞくぞくとした寒気が走る。
「どういうことだ……」
低い声がそう呟くのを聞いたのを最後に、私の意識はプツンと切れた。




