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第一章 黒歴史との再会⑦


「それじゃ、私たちはそろそろ」


佐知子さんの声に意識が浮上する。

ハッと我に返った自分の前には、少しだけコーヒーの残ったカップがある。


(わ、私……なにしてた?)


無意識のうちに受け答えしていたから、何を話したか覚えていない。

いつのまにか終わっていたコース料理も、何を食べたのやら――。


「そういうことだから、高柳君。雪華ちゃんを宜しくお願いしますね」


「頼んだぞ。高柳君」


「はい。責任をもってお送りいたします」


(えっ!?)


佐知子さん達三人の間で交わされている会話の意味が分からずに、瞬きを繰り返している私に「じゃあまた連絡するわね、雪ちゃん」と、佐知子さん夫婦は去って行ってしまった。



「では我々も行きましょうか」


「え?」


彼はちらりとこちらを一瞥した後、にこりともせずに「車で来ていますので家まで送ります」と口にした。


「いえ、私は自分で」


「帰れます」と私が言い終わる前に、彼はエレベーターの方へ向かって歩き出す。

何にせよ、エレベーターでロビー階に降りなければ帰ることは出来ないので、私は黙ってその後ろから着いて行った。



乗ったエレベーターは他の客もいるため、二人とも口をつぐんだままだった。

一階に着き、他の乗客の波に乗って、自分もエレベーターから降りようとしたその時


「駐車場は地下です」


声と同時に腕を軽く掴まれた。


「お気持ちだけで。自分で帰れますので」


暴れまわる心臓の音に気付かれまいと、早く降りようと短く告げる。声が震えなかったのが奇跡みたいだ。


軽く会釈をして足を一歩前に出しかけたところで、掴まれた腕に力が込められた。


「遠山本部長との約束は破れませんから。他の方が様子を窺っていますので早く」


その言葉に顔を上げると、エレベーターの向こうでエレベーター待ちをする人がこちらを窺うように見ている。乗ってこないのは上り待ちなのだろう。

ホテルのエレベーターの中で降りる降りないで揉めている男女の図は、完全に痴情のもつれそのもの。


「……すみません。お言葉に甘えます」


じわっと頬が赤くなるのを感じて、私は折れた。



(最初から素直に従えばいいのに、と思われているかしら……)


さっきからずっと、彼は真顔のままだ。

嫌そうな表情をするわけではないけれど、笑顔もない。


(そういえば、今日は一度も笑ったところを見ていないかも……)


彼の顔を見た瞬間から動揺しまくりで記憶もあやふやだけれど、彼が楽しそうに笑っている顔は見ていないと思う。


(あの頃はよく笑う人だったんだけど……)


彼の笑った顔が好きだった。

昔の彼は、楽しいことがあると、顔全体をくしゃっと崩して笑っていた。普段は大人っぽい彼の、少年みたいな笑顔。そのギャップに、私はいつも胸をときめかせていたのだ。


案内されて乗った車の助手席から、チラリと横顔を伺った。あの頃の彼とどうしても比べてしまう自分がいる。


(でもまぁ、初対面の女には笑わない、か……きっとこれきりだしね)


そう自分を納得させると、なぜか少し胸の奥が重くなった。



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