第十章 決起会⑦
ひるんだように口を噤んだ矢崎さんに向かって刺すような鋭い声を放った高柳さんは、すばやく矢崎さんの胸ぐらを掴んでそのまま壁に押し付けた。ぐっと呻くような声が矢崎さんの口から漏れる。
「俺は今すぐお前を警察に突き出すことも、然るべき機関にその所業を訴えることもできる。もちろんグループ上部に報告することも、だ」
押し付けられて苦悶の表情を浮かべている矢崎さんは、高柳さんの言葉に目を見開き焦ったように左右に首を振る。
「二度と青水の周りをうろつくな」
矢崎さんが何度も頭を上下に振る。
「次はない」
そう言うと高柳さは矢崎さんから体を離した。
矢崎さんは壁にもたれたままゴホゴホと咽るように咳き込むと、こちらに視線を向けることなくドアの外へ消えて行った。
バタン
ドアの閉じる音を最後に、狭い室内に沈黙が降りる。
頬に残る涙の跡と、座り込んだままの床がひんやりと冷たい。けれどそれよりも体の芯が凍てつくように寒くて、勝手に震える体を自分の腕で抱きしめた。
顔を伏せた私の視界の端に上質な革靴が映る。
それがこちらに向きを変えるのが見えた、その時。
「雪華さんっ!」
ドアが開く音と共に、幾見君が飛び込んできた。
私を見た彼が両目を見開く。
「今、あいつが、矢崎がここから出てきて……俺もしかしたらって……」
床に座り込んだ私は、髪も服も乱れ、頬には涙の跡。
何かあったと一目瞭然の状態に、幾見君の動揺がこちらまで伝わってくる。
「なにが……あいつ、……くそっ」
ドアの方を振り返って吐き捨てるように呟いた幾見君は、私の方へ駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、雪華さん」
そう言って幾見君が私の肩に手を置こうとした瞬間――
「いやっ」
反射的にその手を振り払った。
「あ……」
自分でもそんな風に反応すると思っていなかった私は、幾見君を振り払った手を見つめる。カタカタと小刻みに震えるその手を、胸の前に引き戻し、もう片一方の手で握りしめた。
「触るな、幾見」
その声に振り向いた幾見君は、その時ようやく高柳さんの存在に気付いたようだ。
「矢崎は俺が追い払った。あとのことも考えがある」
「高柳統括……」
話しながら私のすぐ横までやって来た高柳さんは、ふわりと私の肩へ何かを掛けた。
それは彼のスーツの上着で、その温もりと甘くスパイシーな香りに包まれているのを感じ、強張っていた肩から少しだけ力が抜ける。
「青水は俺が連れて帰る」
「えっ、連れてって」
「あとは頼んだぞ。幾見」
有無を言わせぬ声色でそう言った高柳さんは、言い終わると同時に、私の体をふわりと持ち上げた。
突然持ち上げられたことに驚いて、反射的にその体にしがみつく。大きく両目を見開く幾見君の顔が視界の端に入ったけれど、自分のことで精一杯の私にはそれを気に止める余裕はない。
「行くぞ」
小さくそう言った高柳さんは、私を抱きかかえたままミーティングルームを後にした。




