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第十章 決起会④

(今日は帰ってくるのかしら……)


一人きりのエレベーターの中で考える。

昨夜帰宅しなかった高柳さんとは、今朝会社(ここ)で顔を合わせた。

当たり前だけど職場でプライベートの話などしない彼からは、朝帰りの理由など聞いていない。


いつも通りの時間にやってきた彼は、シャツやネクタイも前日のものとは別のもので、いつものように皺一つない仕立ての良いスーツをビシッと着こなしていた。


(私が出た後に帰ってきたの?)


私はいつもより早めに出社したけれど、それにしてもよく一旦帰宅して着替えをしてから遅刻せずに来られたと思う。


(もう何も聞かなくてもいいわ……)


最初の約束通り、三か月経つこの週末にあの家を出ようと思う。


よく分からない“模擬結婚生活”から解放されるだけでもう十分。

そもそも私には朝帰りを問い詰める権利はないし、その必要も。


そう思うのに、なぜか額へ触れられた熱が思い出されて胸が痛くなる。


海の底に沈んでいくような感覚に、空気を求めるように大きく息をつくと、ちょうどエレベーターのドアが開いた。



レセプションホールの鍵を総務に返却して、自席にある荷物を取り帰宅しようとオフィスを出た。

廊下を歩きながらぼんやりと外を見ると、窓の向こう側、ビルとビルの合間から閃光が走った。


(またなのっ⁉)


この冬は大気が不安定でカミナリが起こりやすいと天気予報で言っていたけれど、こうも頻繁に鳴ってくれたらこちらの身が持たない。

稲妻に向かって文句をつけたい気持ちは山々だけれど、そう思っているうちにもう一度閃光が走って、私は恐怖に体を震わせた。


(と、とにかく…安全なところへ……)


一般的にはこのままでも十分安全なのだけれど、私的にはカミナリの音と光が届かない所へ行くまでは安全とは言えない。


竦みそうになる足を何とか動かして、前にも逃げ込んだ資料室まで行こうとした、その時。


「遅かったな」


「や、矢崎さん!」


私は行く手を阻まれた。


矢崎さんは私のことを待ち構えていたように、出会い頭に手首を掴まれて、近くのミーティングルームへと押し込まれた。


「なっ、なにを……」


「お前が俺のことを無視するからだろう」


照明のスイッチを入れていない暗い部屋。

私は、壁に押し付けられるように矢崎さんに動きを封じられていた。


「離してくださいっ」


「散々焦らしておいてそれはないだろう?」


じりじりと迫るように距離を縮められ、体が後ろに下がろうとするが壁が邪魔してそれも出来ない。掴まれている腕を振りほどこうと試みるが、逃がさないとばかりに逆に力を込められた。


「わ、私なんかにかまってもつまらないと思います」


「つまらないかどうか確かめてみないと分からないだろう?」


何とか諦めて貰おうと早口で言い募った私に、不敵な笑みを浮かべながら矢崎さんが答える。


「あの頃よりはマシになったんじゃないのか?」


言いながら矢崎さんの左手が私の腰をすぅっと撫でた。ぶわっと全身が総毛立つ。


真っ暗な室内にブラインドの隙間から稲光が差し込む。

ストロボを焚いたような光に矢崎さんの姿が浮かび上がるが、逆光のせいでその表情までは分からない。


屈むようにして矢崎さんの顔近付いた時、彼の吐く息にアルコールの匂いを感じた。さっきの決起会で飲んだのだろう。

逃げるようにサッと顔を背けると、耳元に吐息を感じた。



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