第九章 遠雷⑤
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腫れぼったい瞼を持ち上げると、長い睫毛で閉じられた高柳さんの顔。
(いつのまに……)
私は眠ってしまっていたらしい。
すぐ近くにあるその綺麗な寝顔をぼんやり眺める。
(あれからずっと?)
私は高柳さんに抱きしめられたまま、ベッドに横になっていた。
その事実に気付いた途端、じわっと体が熱くなる。
(どうしよう………)
腕の中で身じろぎしたのが伝わったのだろう、高柳さんの瞼がゆっくりと持ち上がった。
「起きたのか」
「はい。あの……」
「気分は? 痛いとか気持ち悪いところはないか?」
「……大丈夫、です」
「そうか」
高柳さんのホッとした様子に、心配をかけてしまったと気付く。
「あの」
「ん?」
数十センチ先の瞳が柔らかい。
「もう、大丈夫です……」
「ん?」
「あの、腕を……」
『腕を解いて下さい』
そう伝えようとしたのに、反対にギュッと力を込められた。
ベッドの中で異性に抱きしめられる。
そんな初めての状況に、心臓は飛び出しそうなくらいに暴れていて、真冬だというのに体中がじっとりと汗ばんでいる。
何時か分からないけれど外は真っ暗で、明かりをつけていないこの部屋も真っ暗。
だから真っ赤になった私の顔を見られる心配はないのだけれど、だからと言って至近距離で見つめ合うようなことなんて出来るはずもなく、彼の腕の中で顔を俯かせるとその胸に顔を埋めるような格好になってしまう。
結局どこに向けたらよいのか分からない顔は、真っ直ぐ彼の喉元辺りに、なんとか固定した。そして出来る限り小さく呼吸する。
「また鳴るかもしれない」
シンと静まり返った部屋に、ひそやかな声が落ちる。
あの轟音を思い出して身震いが走る。思わず手近なものをキュッと握ると、大きな手がそっと背中をそっと撫でた。
「カミナリが怖いのは、裕子さんと関係が?」
小さく頷く。
「あの日……母が亡くなった日……」
思い出した途端、体が震えた。
気付かないうちに固く握りしめていた私の手を、そっと彼が両手で包み込んだ。
「すまない。辛ければ何も言わなくていい」
私は左右に顔を振る。
カミナリが鳴る度に取り乱すところを、高柳さんには何度も見られている。そしてその度に助けてもらっているのだ。訊かれたことに答えないという選択肢はない。
「その日も落雷があったんです。ちょうど母が……事故に遭ったと知らせを受けた時でした」
母が亡くなってもう七年になる。
当初のように涙に暮れることは、今はない。
唯一の肉親である母を亡くした私は、自分一人の足で立って生きていかなければならない。いつまでも悲しみに浸っているわけにはいかないのだ。
そう思って母を失った痛みと寂しさに蓋をしてここまで来た。
けれど心の奥底にしまってあるその記憶の蓋を、いつもカミナリが開いてしまう。その度に私は自分の弱さを痛感するのだ。
「警察から連絡を受けて病院に駆け付けた時には……母はもう……」
どうしても最後は声が震えてしまった。
そんな私を高柳さんは何も言わず抱きしめてくれた。




