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第八章 鉄壁上司の独占欲⑤

「~~っ!」


独占欲を滲ませた台詞に、声にならない叫びが漏れる。


「よそ見をする悪い妻にはお仕置きが必要だな」


むせかえるほどの色香を纏った彼は瞳を細めてそう言うと、私の体を壁に押し付けた。

「あ」と声を上げる間もなく、彼は私の首筋に顔を埋めた。


首に湿った吐息がかかったのを感じた次の瞬間、湿った熱の固まりを感じた。


「やぁっ」


聞いたこともないような声が出た。

が、すぐにチリッと焼けるような痛みを感じる。


「いっ」


首元をきつく吸い上げられていた。


思わぬ痛みに体が反射的にそれから逃げようとするが、首筋に吸いついたままの唇は離されることはない。それどころか私が体を捻るのに合わせて執拗に場所をずらして吸いついてきて、どんどん新しい刺激を生み続ける。


甘く焼くような痛みに体は段々と痺れていく。

頭では逃げ出したいのに、腰が砕けそうになるほどの強い感覚に体が震え、目の前の体に縋りついてしまう。


強すぎる刺激は私にとって未知の感覚で、両目から勝手にポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「うぅっ~~」


呻るような声が漏れる。

するとそれが耳に届いたのか、私の首元から高柳さんが離れた。


「あお……み……」


ぎゅっと瞳を閉じて涙をこぼす私に、低く掠れた声が聞こえてきた。


「すまない……泣かせるつもりじゃなかった」


頬を拭う指は壊れ物を扱うように優しい。

私はおそるおそる瞼を上げた。


そこにはさっきまでの獰猛な色香を纏った姿はなく、困ったように私を見下ろしている高柳さんがいた。


「青水の嫌がることはしないと約束したのに……本当に悪かった」


ふわり、溢れる涙ごと私の頬を大きな両手が包み込む。

そしてそのまま、こつん、と額を合わせた。


「らしくなく、焦ってしまった……一か月後、俺との“模擬結婚生活”が終わったら、お前が他のやつの所に行ってしまうんだ、と」


そうだ。彼との約束の期限はもう一か月後に迫っている。


「い、いきま……せん……」


ぐずぐずと鼻を鳴らしながらそう言うと、高柳さんはほんの少し目元を緩める。


「幾見のところへも?」


コクン、と頭を倒す。


「もう無理矢理こんなことしない。だからまだ俺の奥さんでいてくれるか?」


甘く懇願するように問われ、私は何も考えずにもう一度頭を振った。


「今度からちゃんと聞くことにする」


(えっ?)


「キス、してもいいか?」


両目をこぼれんばかりに見開いた。

額同士を付けたまま超至近距離でそう聞いてきた彼の瞳が甘い。


最近では仕事の時ですら彼の感情が分かるようになってきた。家ではもう全然違うくらいに分かる。

だから、今冗談を言っているわけではないことは明白で。そもそもこんなたちの悪い冗談を言う人でもない。


『ヨシ』と号令がかかるのを待つ忠犬のように、彼が私の答えをじっと待っているのが伝わって来て、私の頭の中はにわかに忙しくなりはじめる。


(ど、どうしたら!?「いいです」って言ったらいいの? ていうか、これ! ファーストキス⁉)


七年前にあげ損ねたファーストキスを、今ここでその本人に差し出す時が来たのか――

そんな思いが頭を過ぎった。そして同時に思い出した。


『俺は付き合っている子としかそういうことはしない』


そう言って彼は私の告白を断った。


そして叱ったのだ


『自分を大事にしない子は嫌いだ』


あの時調子に乗って強請ったファーストキスも、唇ではなく額へだった。


「私は……」


勝手に口が開いて言葉が転がり出す。


「初めてのキスも……その先も……ちゃんと想い合っている相手としか、しません!」


言い終わる前に両腕に力を込めて、ググっと彼の胸を押し返した。

思ったよりも簡単に体は離れ、彼が大きく瞳を見開いて驚いている隙に、そこから逃げ出した。


履いたままだったパンプスを蹴散らすように脱いで、勢いよく廊下を走る。

そのままリビングを駆け抜けて自分の部屋に入り、勢いよくドアを閉めると鍵を掛けた。


そして真っ直ぐベッドにダイブし、頭から布団を被る。


この一時間ほどの間にあまりに色々なことが起こって、脳が情報処理しきれていない。


私は真っ赤になった顔と真っ白になった脳内を、どうにかしようとする努力を放棄して、そのまま瞳を閉じた。






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