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第七章 夫の役目③

どれくらい経ったのだろう。

そっと体を離され、いつの間にかカミナリが去っていたことに気付く。


高柳さんは、私の頭の上から被せていたジャケットを取り除き、何事も無かったかのように颯爽とそれを羽織る。


私はその一連の動きを、夢から覚めたような頭で呆然と見ていた。


「もう戻れるか?」


そう聞いてきた声は“鉄壁統括”のもので――


「あ……えっと……」


何を返せばいいのか、頭のスイッチが入らない。


「無理そうならもう少し休んでから来たらいい。俺は先に出る」


高柳さんはそう言ってドアの方へ向かう。


「あのっ、高柳さんっ」


思わずプライベートの時の呼び方が口から出たが、今の私はそのことにすら気付かない。


呼び止められて足を止めた彼が、こちらを振り向く。


「どうした?」


「あの……」


続きを口にしない私を不思議そうに見た彼は、少しの後こちらに戻ってきた。


「どうした? まだ怖いのか?」


体を斜めに傾けて覗き込むように私を見る。長身の彼の顔が近くなって、私の頬がじわっと熱を持った。


「いえ、あの……どうして、ここに……」


「ああ」


私の疑問に納得したのか、彼は涼やかな瞳を少しだけ緩めた。それだけで彼の雰囲気が“上司”から“同居人”へと変化する。


「青水が急いでオフィスから出て行くのを見かけたから。きっとなるべくカミナリが見えない場所に行くだろうと思って。一発でここを当られて良かった」


(わざわざ私を助けに来てくれたってこと?)


そう思ったら、胸の奥がじわじわと熱くなっていく。


「ど、どうしてそこまで……仕事中なのに……」


仕事に私事を持ち込まないのが、彼のポリシーなはずだ。私のカミナリ恐怖症なんて、まったく彼の仕事とは関係ない。


戸惑う私がじっと彼を見つめると、そんな私の視線から逃れるように彼は視線を外した。


「……の……だろ」


「え?」


ぼそぼそと口の中で唱えるような声が聞き取りづらく、思わず聞き返す。

すると逸らしていた瞳が私を捕え、今度ははっきりした声で言った。


「妻を守るのは夫の役目だろう」


聞こえた言葉に目を大きく見開く。一瞬で発火したように全身が熱くなって、その場に立ち竦んだ。


そんな台詞を発した当の本人は、まったく崩れることのない“鉄壁”の無表情。固まっている私をよそに、「先に戻るぞ」と踵を返して、入って来たドアから出て行ってしまった。


ドアが閉められる直前、逆光の中に消えていく彼の耳がかすかに赤く染まっていた気がした。






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