第七章 夫の役目①
十一月一日。【TohmaBeer-Hopping】の札幌、及び仙台、名古屋、大阪、福岡での開催が、トップダウンで決定した。
元々ほぼ首都圏だけでの開催のつもりで準備を進めてきて、つい最近やっとチーム全体での顔合わせと概要説明が済んだところに、地方での開催追加を何とか二回目の会議に間に合わせるため、急ピッチで準備を進めなければならなくなった私たちは大忙しだった。
高柳さんから聞いていてから心づもりは出来ていたつもりだったが、予想以上の忙しさに目が回りそうになる。
地方開催決定からすぐに、本部チームの私たちは準備に追われた。
大澤さんも出来るだけ残ろうとしてくれたけれど、契約社員の彼女に無理はさせられず、私と幾見君は連日遅くまで頑張った。終電に駆け込んだのも一度や二度ではない。
二週間近く休日返上で働きまくったおかげで何とか目処がつき、明日は久しぶりに平和な休日を迎えるられそうだ。
それもこれも、高柳さんが実働部員として実務を請け負ってくれたおかげだろう。彼の仕事ぶりは、想像以上だ。鬼のように早い。というか、色々な意味で鬼そのものだった。
午後の始業から気付けばあと一時間ほどで定時を迎えようとしていた。
パソコンモニターばかりを見続けていた目を少し休ませようと、窓の外に目を遣る。日暮れ前で空はまだ明るい。
(もうひと頑張り――かしら、ね)
固まった首をほぐす為にぐるりと回してから、明日からの休日前に済ませておきたい業務を片付けるべく、再度キーボードに手を置いた。
と、その時。
ゴロゴロゴロ――
一瞬で体が固まった。
慌てて顔を上げるが、窓の外には青空が広がっている。
(曇ってもいないわ……空耳だったの?)
強張っていた体から力を抜き、パソコンモニターに視線を戻す。そのままキーボードを指で叩き始めた時、再びそれは聞こえてきた。
「やだぁ、カミナリ? 向こう側が真っ黒!」
後ろ側から聞こえた甲高い声に振り向くと、さっき私が見た方とは反対側の窓から見える空は真っ黒な雲に覆われていた。
ゴロゴロゴロ――
さっきより短くなった感覚に背筋が凍る。
「ちょっと調べもので席を外します」
立ち上がりながら隣の席の大澤さんに声を掛ける。
「それなら私が」と言う大澤さんに、「大丈夫です。定時が来たらあがって下さいね」と言い残し、震える足に悟られないよう、足早にオフィスを出た。
転ばないように気を付けながら階段を下りる。エレベーターを使わないのは、万が一にカミナリで停電になって閉じ込められたら嫌なのと、真っ青になっているだろう今の自分を誰にも見られたくないから。
一階下に降りた私は廊下の突き当たりにある資料室へと飛び込んだ。
ホッと力を抜いた途端――
ピカッ――
「きゃあっ」
カーテンの隙間から漏れた閃光に、思わず悲鳴を上げる。
この資料室は窓がないわけではない。遮光カーテンが引かれているものの、その隙間から差し込む光までは防ぐことが出来ない。
本当なら窓のない給湯室に駆け込みたかったけれど、この時間は人の出入りが多い。
そんなところに青白い顔のままずっと籠っているなんて、怪しすぎること間違いない。
(『雪女はカミナリが怖い』――なんて、またあちこちで噂されたら堪らない)
仕事のことならともかく、プライベートな自分の実態を面白おかしく噂されるなんて絶対嫌。
黒くて分厚いカーテンが引かれている窓から、一番離れたラックの角で、窓を背に顔を伏せる。
『調べものを』と言って出てきた手前、一応目の前に並ぶファイルの中から適当に一冊抜き取ろうとした時
ゴロゴロゴロ――
「いやっ」
大きな音に慌てて両耳を塞いでしゃがみ込む。取り出だしかけたファイルが、バサリと音を立てて足元に落ちた。
ガチャリ、扉が開く音が聞こえた。




