第六章 元カレ襲来⑦
「おっ、完璧な和食だな」
心なしか嬉しそうな彼の声色に、心の中で秘かにガッツポーズをする。
「完璧ではないですよ……里芋は冷凍のものを使っていますし、浅漬けは素に漬けただけですから」
「十分だ。一番最初のことを思えば、短期間の間に随分夕食らしくなった」
最初の頃――そう言われ、額に変な汗が浮かびそうになる。
「あれはもう出ないのか?」
「……ここぞ、という日にとってあるので」
「目玉焼きも忘れるなよ」
そう言うなり、くくっと肩を震わせ笑う。
高柳さんが言う『あれ』とは、私が最初の食事当番で作った “焼きそば”のことだ。
仕事が終わって帰宅した後に食事を作ったことなんてほとんどなかった私は、いったい何を作るか、というところから悩みまくった。
その日は仕事も多忙の日で、会議の合間に急な書類作成の依頼があり、おまけに他のシマの子のミスが発覚したのをフォローする為に助っ人に入ったり、次から次に仕事が押し寄せたせいで休憩もほとんど取れなかった。
すべての仕事を片付けてやっと一息ついた時には、定時から一時間も過ぎていた。
(まずいっ! 食事当番だった!)
デスクには彼の姿は見えず、先に帰ったのかと慌てて荷物を取って会社を後にする。
帰宅する途中でスーパーに寄ったけれど、何を作るのかとか考える余裕はゼロ。
真っ白になった頭でやけくそのように買った材料で作ったのが、焼きそば――というわけだ。
あまりも貧相なメニューに自分でもまずいと思って、上に目玉焼きを乗せた。
それを出した時の彼の顔が忘れられない。
「料理下手で申し訳ありません」
思い出し笑いがツボにはまったらしい高柳さんは、顔を伏せたまま笑いを噛み殺している。
私の低い声に気付いた彼が伏せていた顔を上げた。笑っていたせいで目元がいつもより柔らかい。
「笑ってすまない」
「いえ、変な夕飯を食べさせられた高柳さんには、笑う権利くらいあります」
「別に変だとは思っていない。インパクトが強すぎただけで」
彼は私の機嫌が悪いことを悟ったのか、一生懸命フォローを入れようとする。
「仕事のお疲れを、笑いで癒せたなら本望です。さ、温かいうちに食べてください」
一週間経った今でも笑えるくらいの衝撃を“鉄壁統括”に与えられたのなら、私の料理下手だって捨てたもんじゃない。
そう考えると笑えるが、こちらをチラチラと気にする彼の様子が楽しくて、私は憮然とした表情のままキッチンへと戻った。
冷蔵庫を開け中のものを取り出す。大きいグラス二つと小さいグラスと一緒に、それをダイニングテーブルへと運ぶ。
「今日はこれにします」
「お、秋限定か」
「はい。今日は秋鮭なので」
「他社の第三ビールだな」
「飲み比べてみたくて」
少し前に発売されたそれらを、私は一通り飲んではいた。けれどもう一度高柳さんと意見を交わしながら飲んでみたいと用意したのだ。
一つ目の缶を三つのグラスに注ぎ分けて、一つを彼の前に置き、小さなグラスを母の写真の前に置いた。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
重ねたグラスがコツンと小さく音を立てる。こうするのもすっかり当たり前のようになってきた。
「この里芋美味いな」
「ほんとうですか?」
「ああ、本当だ。焙煎麦芽のコクに負けてない」
「良かった」
ほっと胸を撫で下ろす。レシピ通りに作ったとはいえ、初挑戦の料理がちゃんとできているか不安はあった。
「青水はもう食べたんだろう?」
「はい。先に夕飯は済ませたので里芋も食べていますが、ビールとは合わせていないのでどうかな、と思っていました」
「そうか。うまいぞ?俺のを一つやるから食べてみたらどうだ?」
そう言うと、彼は里芋の入った皿を私の方へずいっと押しやった。




