第六章 元カレ襲来⑥
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「おかえりなさい」
「ただいま。遅くなって悪い。青水はもう食べたのか?」
「はい。お風呂もお先に頂きました。ご飯用意しておきますので、先にお風呂に入られたらどうですか?」
「ありがとう。そうさせて貰うよ」
階段で矢崎さんと別れて、高柳さんとミーティングルームで二人きりになった時、少しのだけ二人の間に沈黙があった。
いつもと変わらぬ無表情が怒っているように感じてしまうのは、矢崎さんとの遣り取りを見られた気まずさからだろうか。
(無表情はいつものことなのに……)
何か言われるかとビクビクしながら黙っていると、高柳さんは何も言わず打ち合せが始まった。
その打ち合わせの後、自分のデスクに帰ってからスマホを見ると、矢崎さんからメールが入っていた。
彼と付き合っていた頃はまだ今みたいにSNSが盛んではなかったから、連絡手段はほとんどがメールだった。別れてから携帯アドレスは変えていない。
(まどかに『携帯変えた方がいい』と、言われてたのに……)
親友からのアドバイスを『そこまでしなくても大丈夫よ』と流したのが悔やまれる。
【18時半に会社の最寄駅で待ち合わせな】
一方的なメールに、正直腹が立った。
(行かない、って言ったのに)
腹立ちついでに、お弁当の玉子焼き取られたことも思い返す。
【他に予定があるので行けません。
今後は仕事のお話は社内メールでお願いします】
それだけ返すと、スマホの電源を切っておいた。面倒だけどアドレスを変えよう。
矢崎さんの誘いを断る為に言った『予定があります』と言うのは決して嘘ではない。
私には食事当番という用事がある。
別に食事当番でも外食や飲みに行ってはいけないわけではない。きちんと相手に連絡をすれば良いだけ。
けれど矢崎さんと食事をするつもりなんてサラサラない。ただの口実だ。
あの後、私は定時と共にオフィスを飛び出した。駅で矢崎さんに捕まりたくなかったからだ。その作戦は成功し、無事彼に捕まることなく電車に乗り、いつもより早く帰宅することが出来た。
そのおかげで、いつもより丁寧に夕飯作りが出来たことに今は満足している。
それでなくても、当番の日は早く帰るのを心掛けているのだ。
料理上手な高柳さんと違って、レシピサイトを逐一確認しなければならない私には、料理に時間が掛かる。慣れないから手際も悪く、目標時間までに献立を作り上げることに精一杯。
仕事が詰まっている時は手抜きをしようとは思っているものの、私より何倍も忙しい高柳さんが、毎回バランスのとれた美味しいご飯を作ってくれるのだから、料理が苦手だからとサボれるわけがない。
「今日は魚か」
お風呂から上がって来た高柳さんがこちらを見て言う。
グリルからの匂いで焼き魚だと分かったのだろう。
「はい。昨日一昨日がお肉だったので、今日はお魚にしました。あ、もしかしてお昼がお魚でしたか?」
「いや、昼は忙しくてきちんと取れなかった。ちょうど魚が食べたいと思っていたから嬉しいよ」
「そうだったんですね…。あ、お弁当ご馳走さまでした。美味しかったです」
「ああ」
「私ばかりすみません……。夕飯も秋鮭を焼いただけなんですけど」
「好きだから大丈夫」
胸の中で何かがピョンと跳ね、頬がじわっと熱を持つ。
(いやいや、好きなのは料理。もしくは秋鮭でしょ?)
ちょうど良く焼き上がった鮭を皿に出し、温めた味噌汁と里芋の煮物と一緒に、トレーに乗せて持って行く。テーブルの上には先に胡瓜の浅漬けを出しておいた。




