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第五章 鉄壁上司との同居⑨

(なんだかんだで高柳さんはやっぱり優しい。ささいな気遣いが出来るのはあの頃と変わってないんだわ……)


そんなことを考えながら、現在私は夕食の食器を洗っている。

食事を作って貰ったので片付け当番は私。食事作り担当だった高柳さんは現在入浴中だ。


(厳しいのは仕事の時だけ?でも別に仕事だって無意味にきつくあたることはないし、基本的に正しいことしか言わないわ)


あの“無表情”が彼を必要以上に厳しく見せているのかもしれない、と思う。


(職場にプライベートを持ち込むと“鉄壁”の塩対応になるのはよく分かったかも)


気持ちは分からないでもない。私だって仕事に私事を持ち込みたくない派だ。

私には仕事にプライベートを持ち込む余裕なんてない。定年までしっかり働いて、手堅く退職金を貰わなくては。


「……めざせ、退職金」


「何を目指すんだ?」


「わっ!」


急に真後ろから聞こえた声にビクッと体が跳ね、その拍子に手から皿がツルンと落ちた。ちょうど重ねてある皿の上に落ちて、皿同士がガシャンと音を立てた。


「あぁっ、やっちゃった……すみません……」


「いや、俺が急に声を掛けたせいだ。驚かせてすまない」


二人でシンクの中の割れた皿を見ながら肩を下げる。


「ごめんなさい、これいい(やつ)ですよね…今度買ってお返ししますね」


シンクの中で無残な姿になっている北欧ブランドの皿。


「いやいい」


「でも……」


「妻が割った皿を弁償するのか?そうじゃないだろう?夫婦のものは共有だ」


「……わかりました」


ジッと見つめられ落ち着かなくなった私は、それ以上食い下がることが出来ず、片付けようと割れた皿に手を伸ばした。


皿の角に指が触れ、痛みが走る。


「いっ、たぁ」


「切ったのか?」


「ちょっとだけ……」


指先を見ると切った所から血が滲んでいる。


「絆創膏を持ってくるから、それまで流水で流しておいて」


言われた通りに傷口を水道水に当てる。

その間に高柳さんは、素早くテレビボードの引き出しから絆創膏を取って戻ってきた。


「手をよく拭いて。水気があるとすぐに剥がれるから」


言われた通りに濡れた手をタオルでしっかり拭く。指先はまだ血が滲み出てくるからティッシュを一枚取ってそれでギュッと押さえる。


「ほら、貸して」


こちらに向けられている高柳さんの左手に、私は持っていたタオルを乗せた。


「違うだろ。指。絆創膏貼るから出しなさい」


「っ、……じ、自分で出来ますから」


「つべこべ言わない。ほら」


「~~~っ」


有無を言わせぬ彼の口調に、おずおずと指を出すと、彼はあっという間に私の指に絆創膏を巻いてしまった。


「あ……りがとうございました……」


じわっと熱くなる頬を見られたくなくて、巻いてもらった絆創膏を見つめたままそう言うと、頭の上にポンと何かが乗った。


「どういたしまして」


乗せられた重みからじんわりと伝わる温もり。

それが彼の手なのだと気付いた瞬間、カッと顔に火がついたみたいに熱くなった。


「続きは俺が洗っておくから、青水は風呂に入ったらいい」


いつもだったら「今日の片付けは私の担当なので」と固辞するのだけど、真っ赤になった顔を隠す方法が見当たらず、私は「はい」と言いながら逃げるようにキッチンから退場した。






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